ウィーンに住んでいた頃は小中学生で、学校ではボールペンしか使わなかったので不覚にもオーストリアに老舗の鉛筆メーカーがあることを知りませんでした。アメリカの小中学生は鉛筆文化でしたが、ウィーンの学校はボールペン文化だったので、残念ながら鉛筆や芯ホルダーは使わなかったのです。学校での筆記具は、BICのボールペン一択でした。
後年日本で5.6mmの芯ホルダーを探していて、クレタカラーを知り、それがオーストリア製だったことを知りました。面白いめぐり合わせです。
CRETACOLOR:クレタカラー
丸善さんのウェブサイトでは、創業300年以上で、オーストリアが誇るモーツァルトやシューベルトはクレタカラーの鉛筆で楽譜を書いていたとの記述があります。
また、「クレタカラーの前身であるヨーゼフ・ハルトムット鉛筆工場はウィーンで1792年に設立 」
と書かれていますが、CRETACOLORのウェブサイトを見ると、親会社の Brevillier Urban & Sachs のBrevillierさんはCRETACOLORの前身である Zeus pencil factory を創設したのが1863年と書かれているので、そこから数えても歴史は160年ほどですし(十分老舗ですが、300年はオーバーかな)、モーツァルト( 1756-1791 )やシューベルト( 1797-1828 )の活動期と合わないようです。それより前の歴史があるのかもしれませんが、CRETACOLORのウェブサイトでは発見できませんでした。
しかし、この記述を見てはじめて気づきました。太く濃い鉛筆や芯ホルダーは美術用途しか思いつかなかったのですが、確かに楽譜を書くのにもぴったりですね。当時は万年筆などはまだできていない時代です。羽ペンなどでは準備が必要ですし、乾いてしまうと書けなくなったりするので、思いついたメロディーを滞りなく瞬時に筆記するには鉛筆が最も適していたのでしょう。
そんなことを考えていたら記憶が蘇りました。
ウィーン市内は路面電車が走り回っていて市民の足となっています。私たちも良く利用しましたが、乗ったときによく電車の座席で没頭して楽譜を書いている人に遭遇しました。おそらく、作曲家かその卵なのだと思いますが、電車のリズムが良いのでしょうか。そんな光景を目の当たりにして、さすが音楽の都だなと思った覚えがあります。画板に挟んだ五線紙に一心不乱にすごい勢いでオタマジャクシを書き込んでいるのです。
筆記具の記憶は残っていませんが、状況から推察すると、ペンや万年筆ではなく、鉛筆か芯ホルダーだったことでしょう。写譜ペンという譜面専用の万年筆があり、速記性は優れているでしょうが、揺れる電車の中で使うのはいささかはばかれますし、作曲の場合は修正できないのが難点でしょう。モーツァルトのように、頭の中で音楽がすでに完成していて、それを五線紙に書き写すだけでしたら消せない筆記具でも良いのでしょうが、普通は書いたり修正したり消したりしながらメロディを完成させていくものと思われます。ボールペンもオタマジャクシを書くのは時間がかかりますし、同様に修正できません。
そのように考えると、濃い鉛筆や芯ホルダーは楽譜を書くのにも最適なように感じます。自分は音楽的素養はまったくないし、身近に音楽関係者がいないので全くの想像ですが。
まあ、そんな光景を見たのは今から50年ほど前の事なので、イマドキの作曲家たちはきっと手書きで楽譜を書いたりせず、タブレットで作曲したり、楽器を弾くと勝手に楽譜ができるシステムを使うのが主流でしょうか。
ちょっと脱線しすぎました。
クレタカラー430-15 エルゴノミック:外観
5.6mm芯ホルダーの中でひときわ異彩を放つものがあります。430-15 エルゴノミックです。何とも独特な形状です。
基本的には円筒形軸なのですが、持ち手あたりがグニャリと潰れた形状です。あたかも熱で溶けて変形したように見えます。しかし、この部分が手によくフィットして、実際に持ってみると実に持ちやすいのです。
ただし、持ち方はこの変形した部分に指をはめ込む方法でしか持てず、他の芯ホルダーのように回しながら描くことを前提に作られていません。
潰れた部分は裏表対照的ではなく、親指、人差し指、中指が程よくフィットするように作られているため、裏返して持つと持ちにくくなります。試しに回して描いてみましたが、この正規のポジション以外は持ちにくいだけです。このポジションだけで使うことを前提に設計されています。
しかし、同じ持ち方でも紙との角度を変えると芯の異なる場所が紙と接触するので、様々な太さの線を描けるようになります。そうやって使うものでしょうか。
機構
単純なドロップ式です。後ろのノブを押すと芯がストーンと落ちるタイプです。必ず紙の上や手で受けながらノブを押します。
ヨーロッパの芯ホルダーはほとんどがドロップ式です。日本人のシャープペン文化で育った人は押すたびに少しずつ芯が出るノック式に慣れているため、不用意にノブを押すと芯を落とす事故が発生します。ご注意ください。
使い慣れると、瞬時に好みの長さに出すこともできますし、何より芯を収納するのも逆さにしてノブを押すだけで済むので、ドロップ式の方が便利に感じるようになると思います。
チャックは珍しく6本爪です。3本爪、4本爪、6本爪の製品がありますが、特にその本数による性能の違いはありません。
内部機構と樹脂の軸はどうやら糊付けされているようで、分解はできませんでした。リアキャップはネジ式で着脱でき、リアキャップ内部には芯研器が組み込まれています。
良い点
独特の変態的な形状は注目に値します。筆箱からこのペンを取り出して何も言われずにスルーされることはないくらい、ぱっと見で気になって仕方がない形状です。で、必ず持たせろ、と要求されます。
そして、持ってみると名前の通り人間工学に基づいて作られた形状は万人に持ちやすい形のようで、皆感動します。
軸の形状は基本的に円筒形ですが、 このつぶされた部分があるため、転がりません。机を転がって落下する心配はありませんし、多少傾斜した画板の上に置いても安定しています。
悪い点
やはり一番の問題点は回転できないことです。持ちやすさを追求した設計ですが、それが足かせとなり、回しながら描く他の芯ホルダーとは異なった使い方になるでしょう。
ワークマンシップもあまり良いとは言えません。軸は樹脂製ですが、型枠の接合面がはっきり分かります。
あまりに珍しい形なので、学生の前で使うと話題がこの芯ホルダーになってしまいがちです。場が和むので、良い点なのかもしれませんが、ともすると本題を忘れ、脱線を繰り返して筆記具フリークに火がついてしまって収拾がつかなくなることがあるので、注意が必要です。
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クレタカラー 5.6mm芯専用ドロップ式リードホルダー エルゴノミック 430-15 |
5.6mm芯ホルダーの中で最も異彩を放つクレタカラーの芯ホルダーです。 独特の形状は注目度No.1です。 固定された持ち方になるので、細かく回しながら使う用途にはあまり向かないと思います。それこそ楽譜を描いたりするには良いのかもしれません。 自分は学生に3次元的な図を描いて説明したりするときに使います。持ちやすさは抜群です。 |