面白いことに、デジタルカメラの時代になってから、急にレンズのF値や絞りの誤解が発覚しています。フィルム時代は写真を撮ってもほとんどの人はサービス判程度の引き伸ばしで鑑賞することが多く、絞りの違いは被写界深度に影響することくらいしか一般には分からなかったようです。
絞りは絞るほど解像度は悪くなりますが、その違いはサービス判程度では分かりにくいものです。逆に絞ると被写界深度が深くなり、ピントが合っている範囲が広くなるのではっきりくっきり写っている印象を持つ人が多かったのだと思います。
無限遠のものしか撮らない天文フリークは昔から口径がすべてで、口径が大きければ大きいほど分解能が高くなることを知っていました。それを絞って使うなんて言語道断です。光学機器は、口径が小さくなるほど回折現象によって像はどんどんボケます。ピントが合っていてもボケた像になります。
カメラのレンズも同じで、有効口径が大きいほどシャープで、絞るほど像は悪化しますが、フィルム時代は回折ボケのことを正しく認識している人はほとんどいませんでした。それがデジタルカメラ時代の到来とともに、急激に取りざたされるようになったのです。
フィルム時代はサービス判できれいに撮れていると思っていたような写真でも、デジタル時代になってからはPCのモニターで等倍に拡大して細部まで鑑賞できるようになったからです。
絞りの誤解
面白いことに、絞りは絞るほどシャープになると信じている人が実に多いようです。
「こんなに絞っているのにシャープにならない」と言ってF16とかF22に絞った写真を見せられることがあります。挙句に、「こんなに絞ってもカリっと写らないレンズはダメなレンズ」というレッテルを貼ってしまいます。
これではレンズがあまりにも可哀そうです。単に使い方が間違っているだけなのですが、「絞り過ぎによる回折ボケです」と言ってもなかなか理解してもらえません。
さらに問題なのは、シャープになると信じて絞り込むと、シャッター速度が落ち、手振れが発生しやすくなります。回折ボケにさらに手振れが混ざった、写真としてはかなりひどいものになってしまうわけですが、多くの場合はレンズのせいにさせられてしまいます。
何度かそんな相談を受けましたが、「絞るほどシャープに写る」と信じている人は、全くの素人ではなく、フィルム時代から長年写真を撮っている人だったりします。
おそらく、数十年のカメラ遍歴の中で、変な情報を吹き込まれてしまったのでしょう。絞りの作用について誤解されていることが多いように感じます。
昔の単焦点やズームレンズ
確かに数十年前のフィルム時代のレンズは光学設計用のコンピュータもなく、硝材も現在のようなフローライトや異常部分分散ガラスなどの特殊な硝材もなく、非球面レンズの研磨技術も確立されていませんでしたので、多少絞った方が各種収差が除去されてシャープに写ることもありました。コーティング技術も今ほど進んでいなかったので、絞ることによってフレアなどが減り、コントラストも向上して解像感が増したのでしょう。
黎明期の廉価版ズームレンズは、開放だと甘い描写が、少し絞るとシャキッと写るレンズが多かったため、「絞らないと使えない」というイメージを植え付けられてしまったのだと思います。特に70年代、80年代のズームレンズを多用していた方々は、絞りは絞るほどシャープになると曲解してしまっても無理はないかもしれません。
絞るとシャッター速度を遅くする必要があるので、今度はブレとの闘いです。フィルム時代は感度は変えられませんし、手振れ補正などなかったので、1/焦点距離がブレない限界のシャッター速度です。絞り優先モードで、手ブレしない限界のシャッター速度になるまで絞り込んで撮影するという撮影方法を踏襲している人もいました。
旅行などでとにかく被写界深度を稼いで前景も背景も写したいという場合は理にかなっているかもしれませんが、レンズの使い方としてはいささか残念です。
F5.6最強説?
「すべてのレンズはF5.6で写りが最高になるように設計されている」と信じていて、どのレンズも5.6固定で撮っている人もいました。せっかく明るいレンズを使っていても、絞り込んでしか使われていないのです。一度そう信じてしまうと、逆に開放近くで使うのが怖くなるのでしょうか。
せっかくのF1.4の50mm標準レンズもF5.6で使っている方々です。なぜそんなに絞っているのか尋ねたところ、「えっ、5.6が一番良く写るんでしょ」という反応でした。
何度かそういう方に出会ったことがあるので、昔そういったデマが流れたのではないかと推測しています。あまり出来の良くない開放F4くらいのレンズであれば1段絞って5.6にした方が良く写るかもしれませんが、すべてのレンズに共通して言えることではありません。
分解能
光学における分解能は、簡単に言うと2点を2点として分解できる最小の角度です。たとえば、夜空の星で、非常に近接して見える2つの星が2つの星として見えるか否かという基準です。その2つの星と目が作る角度です。星は本来面積のない点光源なのですが、どんなレンズを使っても口径が有限であれば回折現象によって必ずある面積を持った光源像として写ります。それをエアリーディスクと呼びますが、口径が大きいとエアリーディスクは小さくなり、口径が小さいとエアリーディスクは大きくなります。大口径のレンズでは2つの星に見えていても、小口径のレンズではエアリーディスクが大きくなり、光源像はダルマのようになったり、完全に繋がって一つの像になってしまいます。
望遠鏡では、分解能(秒)=116/口径(mm)というドーズの計算式がよく使われます。例えば、口径が100mmのレンズであれば、分解能は1.16”となります。
ただし、これは無限遠の被写体に対する理想的に作られたレンズや反射鏡の理論値で、実際は製造上の問題やコストの問題でドーズの式よりも悪くなるのが一般的です。この理論的分解能は超えられないということから、よく「ドーズの限界」と表現されています。
口径と分解能
上記のように、理想的に作られたレンズの分解能は単純に口径に反比例します。同じ焦点距離であれば、口径が大きければ大きいほど分解能は良くなります。望遠鏡に絞りはありませんので、開放の性能がそのまま望遠鏡の性能となります。そのため、日本が誇るすばる望遠鏡は口径が8.2mもあるのです。
一般的な写真レンズの絞りはその口径を絞ってしまう機構なので、絞り込んでの撮影は、小口径のレンズで撮影しているのと同じことになり、分解能は必然的に悪くなってしまいます。
実際のレンズ
実際の写真用レンズは、様々な収差を除去するために何枚(レンズによっては何十枚)ものレンズを使っています。レンズの材質も特殊な分散をする硝材を使ったり、特殊な非球面レンズなどを駆使して作られています。光学の数百年に及ぶ歴史をもってしても、完璧な理想的なレンズはなく、人類は未だに収差と戦い続けています。
中心の分解能が極めて良いけれど周辺は甘いレンズ、分解能は高いけど、コントラストが低いレンズ、収差は抑えられているけどレンズ枚数が多すぎて重くなったり、逆光に弱くなったりすることもあります。それらの特性は、良く言うと「レンズの味」となるのでしょうが、各カメラメーカーも努力してより理想的なレンズの開発を日々行っています。
このように、実際のカメラレンズは分解能だけで語れるような単純なものではありません。レンズの構成、F値、撮影距離、絞り値、光源の位置など、さまざまな条件によって評価は変わるものです。
自分でテストをしよう
メーカーの宣伝やネットの口コミを鵜呑みにしないようにしましょう。嘘が書いてあるという意味ではなく、レビューを行っている人と、自分の使用条件は異なりますし、評価の基準も異なるのが普通です。そのため、レンズは必ず自分で自分の使用条件に従ってテストすることをおすすめします。このPhotoMonographにもたくさんのレンズレビューを書いていますが、使用条件が異なりますので、皆様にも適合するとは限りません。参考程度とお考えください。
自分は仕事で使うので、買う前にショールームでテスト撮影を行って分析もしますし、レンズを買って箱から出してからもまず最初にすることはテスト撮影です。野鳥撮影用としては、テストパターンや鳥の置物などを普段撮影する距離に設置して、すべての絞り値で撮影します。それをPCで開いて等倍に拡大して評価します。それによってそのレンズの分解能やコントラスト、その他の収差などの特性が分かります。医療撮影用でしたら、術創までの距離と同じくらいの距離に置いたターゲットをあらゆる絞り値で撮影して被写界深度や解像度のチェックを行います。
テスト撮影をすることによってそのレンズはどの絞り値が一番良いか、回折ボケが発生して仕事として使えなくなる限界絞りはどのくらいなのかが分かります。
レンズによっては開放から最高の特性を示すものもありますし、1段くらい絞った方が分解能もコントラストも良くなるレンズもあります。それはレンズによってまったく違うので、自分でテストする必要があるのです。特に撮影距離によってレンズの特性は変わりますので、普段自分が使用する距離でテストすることが重要です。
やみくもに絞り込んで使っている人や、F5.6信者の方は、ぜひテスト撮影をしてみてください。レンズによっては「開放の方がシャープじゃん」とか、「5.6より2.8の方がシャープだしコントラストも上がった」などといった新たな発見があると思います。
とにかく自分の目で確認することです。
手振れの影響を除外するために、三脚を使用することをおすすめします。ターゲットとレンズの光軸は垂直になるように設置して、可能であれば遠隔レリーズを使って撮影します。
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絞りによる分解能の変化だけでしたら、広げた新聞紙でも確認できます。
良くできた単焦点レンズだと、絞り込むほど像がボケていくのが確認できると思います。
手ぶれ補正限界を知る
最近のレンズやボディには手ブレ補正機構が組み込まれているので、買ってすぐ、手ブレの限界テストもしておくことを強くおすすめします。そのレンズを手持ちで使っているときの手ブレしない限界ギリギリのシャッター速度を知って覚えておくことが重要です。手ぶれ補正も万人に共通ではなく、どこまで手ブレしないか、その歩留まりなどは個人差があります。
通常、手振れ補正はCIPA準拠として段数で表現されています(詳しくはCIPAのサイトを参照ください)。
1/焦点距離のシャッター速度を基準として(個人差があるので、本当はこれが基準になっているわけではありませんが、便宜的に1/焦点距離としておきます)、その半分、半分と遅くして行き、手ブレ補正の公称値以下までテスト撮影します。半分とか倍の露出を1段と表現します。
例えば、手振れ補正をオフにした800mmのレンズであれば、一般的には1/800秒以上がブレずに写せるシャッター速度になります。1段だと1/400秒、2段だと1/200秒……5段だと1/25秒という計算になります。
公称値よりも数段遅いシャッター速度までテストすることをおすすめします。人によっては公称値よりも早く限界が来てしまう場合もありますし、公称値を超えてもまだまだ手ブレなく撮れることもあります。手振れ補正の段数はあくまで目安です。ボディとの組み合わせや撮影条件、撮影者の腕力などによっても異なりますので、これも普段撮影する条件に近い状況でテストすることをおすすめします。
ズームレンズの場合は広角端と望遠端でテストしておくと良いでしょう。
撮影限界
三脚やストロボを使わないで手持ち撮影を行う場合、上記のテストによって使う絞りが概ね決定でき、シャッター速度も自分の限界がわかると、撮影限界が決まってきます。レンズとは関係ありませんが、ボディの特性として高感度の限界もあります。夕方暗くなってきて、許容できる最高感度で、そのレンズの使いたい絞り値で、手ブレ補正の限界シャッター速度になったら撮影終了と思っています。
例えば、自分はZ9を使っていますが、仕事として使える感度はISO 2000くらいが限界だと思っています。レンズはNIKKOR Z 800mm f/6.3 VR Sをメインに使用していますが、このレンズはテスト撮影で分解能もコントラストも開放から問題なく使えることがわかっています。よほど被写界深度を深くしたいとき以外は開放で撮影しています。ファインダーにはオートで決定されたISO値を表示しているので、シャッター速度を手持ち限界の1/60sに落としても感度がISO 2000を越えるようになったら撮影終了としています。
まとめ
写真レンズにおける絞りは大変重要な役割を担っているのですが、感度やシャッター速度よりも分かりにくいようで、知らずに使っていたり、間違ったイメージを持ったりしていることが多いようです。
さらに、最近はスマホから写真をはじめた世代が増え、そもそも「絞り」という概念すらない人が増えてきています。スマホには基本的に絞りはないので。
カメラによる写真撮影は、絞りのコントロールによって表現を変えられるところが醍醐味なのですが、間違ったイメージを持ってしまった方も、スマホで育ったけどこれからデジタルカメラに移行する方にも、絞りの役割と回折のことはぜひ知っていただきたいことです。
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