40年ほど前、そう、自分が新入社員として某会社に就職したときのことです。大きな会社だったので、新人社員教育として名刺の渡し方から工場実習など、1ヵ月以上に渡るさまざまな研修プログラムが用意されていました。遊びほうけていた学生に社会人としての常識を埋め込む重要な教育です。新人教育専門の先生を呼んでの講義もたくさんありました。学生気分が抜け切れていないわれわれの多くは眠くなる講義が多く、ほとんど何も覚えていませんが、一つだけ鮮明に覚えている講義がありました。
それは、社会人としての挨拶や言葉遣いに関する講義でした。その先生の話は面白く、唯一眠くならずに聞けた講義です。
「これから皆さんは全国のさまざまな営業所や事業所、工場などに配属になりますが、まず最初に、『おはようございます』と言ってみてください」
と言われました。その返答によって、答えた人の人間性を判定できる、というのです。
これは面白いことです。
「まず、皆さんは新卒の一番の下っ端ですから、配属先のすべての人は上司です」
確かにそうです。
「で、『おはようございます』と言って、『おはようございます』と答える人だけが常識ある良い人間です」
なるほど。
その先生曰く、「おはようございます」に対する返事は「おはようございます」しかあり得ないというのです。応えないなんてもってのほかですが、「おはよう」とか「おう」とか「うぃーす」など、「おはようございます」以外はすべて不合格だと言います。
ごもっともです。挨拶に身分や上下関係はないのです。
「おはようございます」と言われて「おはよう」と応える人の思考回路を推定するとこうなります。
- 「おはようございます」と言われたことを認識する
- 誰が発した言葉かを確認する
- 自分より身分が上か下かを判定する
- 自分より下の人間だから「おやようございます」と答える必要はない
- ゆえに「おはよう」と応える
概ねこんなところでしょう。この身分の判定がいかにもいやらしい。身分の判定で、相手が遥かに上の社長だったりしたら、もちろん、立ち上がって「おはようございます」と最敬礼することでしょう。
挨拶なのに、相手が自分より上か下かなどとくだらない判断をして、言葉を変えるような人間は人としておかしいし、信用しなくて良いと言われました。
その先生の表現は多少過激でしたが、大変納得できました。研修で得られた唯一の収穫です。
とにかくみんなに大きな声ではっきりと「おはようございます」と言って見ると、その応え方によってその人の人間性を評価できるということです。面白いので、積極的に挨拶するようになるため、上司からの印象もよくなります。その先生の狙いは実はそこにもあったのかもしれません。
実際、配属先で「おはようございます」を連発して、何と応えてくれるかを見るのが楽しくなりました。実にさまざまな返事が返ってきます。
面白いことに、所長とか、部長クラスの仕事ができる人は、多くの場合、きちんと「おはようございます」と応えてくれます。そういう人は、きっと小学生に対しても、家族に対しても、「おはようございます」といわれたら「おはようございます」と応えているのでしょう。挨拶で、自分より上だからとか下だからなどと考えないで同様に接してくれるのは気持ちが良いものですし、人としての信用度も上がります。
しかし、「おはようございます」以外の言葉を発する人がなんと多いことか。先生のおっしゃる、挨拶に身分の上下を持ち込むような「くだらない人間」たちです。常に、自分のポジションが相手より上か下かを考えて言葉を変える人たちです。たかが朝の挨拶で、言葉を変えて、何とか自分のポジションを上に見せようとすることを考えているような人間です。確かにそんな人は信用できませんし、ついていく必要もないでしょう。きっとそういう人は仕事もできない人です。
新人教育の先生の教えは正しかったと痛感しました。
日本の社会は封建的で、未だに男尊女卑や年功序列がまかり通っています。徐々に変わってきているとはいえ、なかなか改善されないのが現状でしょう。社員にハッパをかけるためにあえて乱暴な言葉遣いをする上司もいるでしょう。それが社風という社長もいるでしょう。
しかし、挨拶だけは別です。「おはようございます」の応えは「おはようございます」しかありえないのです。新人の頃から40年ほど経ちましたが、自分は、今でも一番気を付けていることです。
これを読んでいる皆様も、あなたがもし若い新人でしたら、職場で大きな声で「おはようございます」と挨拶してみてください。その応えで面白いように相手の人間性がわかります。はっきり挨拶するあなたの印象も良くなるので一石二鳥です。
もしあなたがご年配の方でしたら、きちんと「おはようございます」と応えているか思い直してみてください。もしかしたら、新人からあなたの人間性を判定するテストをされているのかもしれません。気を付けましょう。
たとえ相手が小学生であっても、自分の孫であっても、「おはようございます」に対応する返事は「おはようございます」です。