欧米では……

これも海外帰国子女だから感じることなのかもしれませんが、日本人は未だに欧米にあこがれを持ち、自分たちの国を世界の中で大変低く見ています。鎖国をしていた歴史から世界から取り残された、という思いが200年近く経っても根強く残っているのでしょうか。近年はどんどん日本の文化や言語が排除され、欧米化が強く推進されています。個人的にはそれが残念でなりません。自分がジジイになったから、だけではないような気がしています。

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殺し文句

議論で相手を黙らせる殺し文句に、「欧米では」があります。
二人が一歩も譲らず、「〇〇の方が良いに決まっているじゃん」、「いやいや、絶対□□だよ」と議論が白熱しているときに、誰かが「欧米では〇〇が主流だよ」と一言いうと、もう自動的に〇〇に決定です。□□を推していた人は急に黙ってしまいます。ボスキャラにも勝てる最強のカードです。

井の中の蛙感

この切り札は、「仕事ができる人風」を演じている人がよく使う手です。そういう人は外来語もやたらと使います。コンセプト、ファクター、エビデンス、ローンチなどなど、何だか分からないけど、俺って仕事できそう!と思って一生懸命使うのでしょう。実は欧米のことは何も知らなくても、英語が苦手でも、分かりにくいカタカナ言葉を並べて、「欧米ではエビデンスに基づいてプランニングしてるから、このコンセプトがデファクトスタンダードなんだよ」などと言うと、もっと英語が苦手なほとんどの日本人はイチコロです。「ほー、何だか分からないけど、そっちの方が良さそうだな。欧米諸国でそうしてるのだったら我々も追従しなきゃ」と思ってしまうのでしょう。実に悲しいことです。

日本人が欧米諸国に弱いのは、自分たちが井の中の蛙で、欧米諸国よりも劣っているという思いを心のどこかで持っているからではないでしょうか。自分の国よりもアメリカやヨーロッパの方が遥かに進んでいると。確かに分野によっては欧米の方が進んでいるものもありますが、日本の方が進んでいるものや、日本の方が美しい文化はたくさんあります。なのに日本人は世界一劣等感を持った人種だと感じます。不思議です。

これは宗教とも関係しているのかもしれません。日本人は基本的に仏教徒が多いのでしょうが、普段宗教のことを考えながら生活している人は宗教関係者以外はいないでしょう。親族が亡くなった時や、お盆などで急に思い出したかのように仏教徒になるだけで、普段はほとんどの人は無宗教状態で生活しています。
欧米の方々には、きちんと神が存在しています。信心深い人は毎週教会に行ったり、お祈りをしたりします。神様に報告したり、告白したり、感謝したりします。そして、神が示してくれる道しるべを基準に生きて行きます。日本人にはそういう神が存在しないのです。

欧米様

「欧米では」のことを考えていたら「世間様」のことを思い出しました。 世間様は、鴻上 尚史さんが書かれた名著「ドン・キホーテのピアス」に登場する日本人の本質を突いた考えです。鴻上さん曰く、 日本人は、無宗教な代わりに、「世間様」という神様を信じ、畏れていると。そこが欧米諸国との大きな違いかもしれません。若いころに読んで、そんなことを見抜いていた鴻上さんの洞察力に感銘を受けました。天才です。
日本人は常に「世間様」という神様からどう見られているかを気にしながら生きているのです。昔は集落単位の本当に身近な世間の意見だった「世間様」も、今はもう少しグローバルになって、世界からどう見られているかという指標になったのでしょう。

鴻上さんは面白いことを書いています。日本人が最も傷つく言葉は、「みんな君の悪口言っているよ」です。日本人なら誰しも嫌な気分になると思います。ここで言う「みんな」が世間様という神様なのです。欧米の方々であれば、ストレートに I hate you! と言うでしょう。しかし、日本人には、直接「あんたなんか大嫌い」と言うよりも、「みんなあんたのこと嫌っているよ」と言う方が遥かに相手に与えるダメージが大きいのです。なんとなく、「私はそれほどでもないんだけどね」というニュアンスも含まれていて、直接「お前が嫌いだー」と言えない日本人の性も含まれている不思議な表現です。でも言われた方は相当凹みます。

「欧米では」という切り札も「世間様」と同じなのではないかと思いました。「欧米様」とでも呼びましょうか。「世間様」の範囲が広くなっただけで、世界基準の神様から嫌われないように、欧米様のご意見に従っておけば問題が起きないという日本人特有の逃げからくるものでしょう。

日本人は農耕民族で、村という世間様から嫌われると村八分にされて生きて行けなかった文化です。それが未だに我々のDNAに残っている可能性があります。村八分にされないように世間様の意見に合わせて生きて来たDNAが生き残り、そうではない人は淘汰されてきた可能性があります。世間様は未だに日本人の主要な神様であり、多くの日本人の行動の指標になっているのでしょう。

欧米文化を鵜呑みにして良いのか

おそらく、そんな経緯で日本人は欧米様(グローバルな世間様)が言うことは正しく、それに従わないとバチが当たると信じているようです。世界は一家、人類はみな兄妹という考えからすると間違っていない思想なのかもしれませんが、現実的にそううまく行くはずはありません。住む地域も人種も言語も宗教も違い、貧富の差もあるのですから、すべてを統一した思想などありえません。

他の国々はそれが分かっているから、独自の行動をとります。ヨーロッパの国々は陸続きで、あれほど近くても、フランスはフランス、イタリアはイタリア、ドイツはドイツ独自の言語も文化も持っています。フランスで良いことがドイツで良いとは限りません。料理だって全く違います。イタリア人に「ドイツ人はこうしているよ」と言っても、「だから?」で終わってしまうでしょう。

ところが、日本では、欧米の文化は正しいもの、カッコ良いものとして受け入れられ、日本の文化は間違ったもの、カッコ悪いものというイメージが出来上がってしまっているようです。欧米のものがすべて良いとは限りませんし、良いものであっても日本の風土や文化に合わないものも多いはずです。それなのに、「欧米では」の一言で片づけられてしまうのが悲しいのです。

日本語もどんどん欧米化しています。冒頭のビジネス用語のカタカナ言葉も行きすぎだと思いますし、新型コロナで政府が使う言葉でさえ外来語のオンパレードで理解不能です。なぜもっと分かりやすく正しい日本語で話さないのでしょうか。

世界的に見て、日本はすごい国だと思います。こんな小さな島国が世界と肩を並べる産業や技術力、経済力をもっているのです。卑下することはまったくありません。「欧米では……」と言われても、「ここは日本だから欧米とは違う方法を考えよう」と言えるくらい、自分たちの国や文化に誇りを持って欲しいと思います。

言葉も、外来語の方がニュアンスが伝わるカタカナ言葉も確かにありますが、これはわざわざ外来語にする必要があるのか、と疑問に思う言葉遣いを最近は良く耳にします。言葉は流動的で良いものを取り入れられる日本語の柔軟性は素晴らしいのですが、不必要なカタカナ言葉の乱用は、伝達手段としての言語本来の目的を逸脱しています。カッコイイからとか、その方が仕事できそうに見えるから、などというつまらない理由だけで外来語を使う風習には、いささか閉口しています。

アメリカとオーストリアに住んだ結果思ったことは、「やっぱり日本が一番」です。この美しい国で、美しい日本語や日本の文化を守って行きたいと思っています。

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