マルタ・エゲルト(Marta Eggerth)と未完成交響楽

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ベーア邸の記事で書いたように、ひょんなきっかけで、われわれ家族がウィーンで住んでいた同じ建物に、マルタ・エゲルト(マールタ・エッゲルト)さんという女優さんが住んでいた事実を知りました。おそらく1930年代です。自分たちがウィーンに住んだのが1970年代ですから、われわれが住む40年ほど前です。

誠に申し訳ないのですが、 マルタ・エゲルトさんのことはまったく知りませんでした。しかし、今回のことをきっかけに調べてみると第二次大戦前に活躍した可愛らしい女優さんで、様々な記事を読んでいるうちにファンになってしまいました。美貌と美声の二物を持ち合わせた類い希な才能の持ち主だったようです。

マルタ・エゲルトさんについて

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1912年4月17日、現ハンガリー、当時はオーストリア・ハンガリー帝国のブダペストで銀行家の父と元オペラ歌手の母の娘として産まれます。父親もアマチュアながらピアノの名手だったようで、生まれ育った環境が音楽に満ち溢れていたのでしょう。すぐに頭角を表し、8歳の時にはすでに舞台で「セビリアの理髪師」のアリアを任されたほどです。この舞台は評論家に絶賛され、マジャール劇場(後のハンガリー国立劇場)に紹介されて契約を結びます。10歳の時にはもう国民的アイドルとして崇拝されていました。そしてその歌声が世界中に知れ渡るのに時間はかかりませんでした。

1930年代になるとトーキー映画の飛躍的進歩により、音楽を題材にした映画が数多く作られ、彼女の美貌とクリスタルボイスは映画界で引っ張りだこになります。若きシューベルトの切ない恋を描いたオーストリア映画「未完成交響楽(1933)」が彼女の代表作となります。

その後1936年にはポーランド出身の俳優でテノール歌手でもあるヤン・キープラさんと結婚します。順風満帆の活躍をしていましたが、その頃からヒットラーが台頭し、2人ともユダヤ人の血を引いていたため、ドイツの影響が強いオーストリアには住みにくい状況になってしまいます。そんな状況から、1938年には夫婦でアメリカに亡命することになります。

マルタ・エゲルトさんは1929年頃からオーストリアの舞台や映画に出演しているので、その頃からウィーンに住んでいた可能性が高く、この亡命までの間のどこかでベーア邸に住んでいたと思われます。
1930年代には、ヨーゼフ・タウバー(Josef Tauber)さん、ヤン・キープラ(Jan Kiepura)さん、マルタ・エゲルト(Marta Eggerth)さん、マルセル・プラヴィ(Marcel Prawy)さんなどが住んでいたという記録があります[Hammer, I. B. 2020]ので、音楽家、俳優の方々が分割されたベーア邸を共同で借りていたのかもしれません。そもそも、建築主のユリウス・ベーア( Julius Beer)さんと夫人のマーガレット・ベーア(Margarete Beer)さんもユダヤ人であり、そういったつながりがあったのかもしれません。特に夫人のマーガレット・ベーアさんはピアニストであり、ベーア邸の中二階にはグランドピアノが置かれ、小規模な音楽界も開ける音楽ラウンジとして設計されています。
マーガレット・ベーアさんとヨーゼフ・タウバーさんは友人だったようなので、そのようなつながりからベーア邸には音楽家や演奏家、女優、俳優が集まって、ちょっとした社交場としての機能もあったのかもしれません。

ベーア邸中二階音楽ラウンジ
Photo from “the spaces”
https://thespaces.com/josef-franks-villa-beer-is-ripe-for-renovation/
Courtesy Knight Frank

未完成交響楽(1933) Leise flehen meine Lieder

同名の 未完成交響楽(1959) があるので、未完成交響楽(1933)と表記します。

自分は人よりも映画好きと思っていましたが、この映画の存在はこれまで知りませんでした。しかもオーストリアにこれほどゆかりがありながら、オーストリア映画の最高傑作を見逃していたとは、恥ずべきことです。そもそもオーストリア映画などというジャンルがあること自体知りませんでした。ダメですね。
ベーア邸のいきさつからマルタ・エゲルトさんを知ることとなり、ようやく彼女の代表作であるこの映画にたどり着きました。しかし、これには運命的なものを感じました。神のお告げで、「この映画を見なさい」と言われたような気がします。
早速検索したところ、DVDが販売されていました。amazonで注文したら次の日には手元に届いていました。便利な世の中になったものです。

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未完成交響楽 マルタ・エゲルトさんの代表作:未完成交響楽(1933)です。
まったくの盲点でした。大変な名画であり、この映画以降のすべての映画に影響を与えていると思われるシーンがたくさん登場します。
おすすめの逸品です。
シューベルト役の俳優が、まさに音楽の教科書のシューベルトの肖像画そのもので、びっくりします。

さっそく鑑賞しましたが、これは紛れもない名画です。驚きました。
シューベルトの未完成交響曲がなぜ未完成なのか、その謎を若く貧しいシューベルトの悲恋とオーバーラップさせて解いて行きます。フィクションでネタばれするといけないので、詳しくは書きませんが、本当にシューベルトの身にこのようなことがあったのかもしれません。シューベルトの暮らしは貧しく、教師の補助をしたり、令嬢の音楽教師をしたりして食いつないでいたという描写がありますが、それらはすべて史実のようです。
見てのお楽しみです。

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トーキー映画が作られるようになったのは1920年代の後半のようですから、この映画は当時の最先端で、オーケストラやウィーン少年合唱団の登場、マルタ・エゲルトさん自らの歌声など、トーキー映画の恩恵をフルに活用しています。
ローマの休日も、マイフェアレディも、サウンドオブミュージックも、オーケストラの少女も、アマデウスも、あのシーンはこの未完成交響楽からパクったんじゃないか、と思われるシーンが随所に見受けられました。おそらく、この手の映画の元祖であり、原点なのではないでしょうか。映画好きの方にはぜひおすすめできる逸品です。

参考文献

IMDb

Josef Frank’s Villa Beer is ripe for renovation

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著者
Yama

大学卒業後しばらくは建築設計に従事。その後人工知能の研究所で知的CADシステムやエキスパートシステムを開発。15年ほどプログラマをしていましたが、管理職になるのが嫌で退職。現在は某大学の非常勤講師(情報学)、動物医療系および野鳥写真家、ウェブプログラマ、出版業などをしながら細々と暮らしています。

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