シャープペンシル(Pentel Graph 1000 FOR PRO 0.4)

本当は数学科に行きたかったのですが、数学では食えないからと親に反対され、建築学科に進学しました。40年ほど前の話です。確かに、よほど才能がない限り、大学に残るか教師になるくらいしか数学で食っていく術はないのかもしれません。思う存分数学の研究ができるなんていう境遇の人は、家が大金持ちで悠々自適で生きて行ける一握りの人だけなのでしょう。わが家はそんな余裕はなかったので、親の判断は正しかったと思います。

大学に入学した1970年代はまだコンピュータなどというものは身近にはなく、建築の図面はすべて手描きです。入学すると、まずは文房具の使い方から教わります。鉛筆、シャープペン、2mmの芯ホルダー、烏口の研ぎ方、製図ペンの扱い、三角定規の使い方、T定規の使い方、ドラフターの使い方など、入学してすぐに一通り教わります。これから建築に携わる上での基本中の基本だからです。
そこで徹底的に線の描き方を叩きこまれます。鉛筆、シャープペン、芯ホルダーなどは回しながら、均一な濃さで線を描く練習をします。一本の線だけで、その人の力量が分かると言われます。

製図の授業で、最初に出された課題が「方眼用紙を描く」です。A4サイズで、筆記具はシャープペンシルだけです。描いたことありますか。建築学科に入った学生以外は、おそらくないでしょう。学生たちはビックリです。しかし、これがなかなか難しいのです。ドラフターを使っても等間隔で均質な濃さの線で書くのは至難の業です。しかも、1mm間隔の線は薄く、5mm毎の線は少し濃く、10mm毎の線はやや濃く描きます。
特に線の描き始めと描き終わりで線の太さや濃さが変わってしまいがちです。しかし、何百本も描いていると徐々に慣れ、うまくなって行くのが実感できます。コツは、必ず筆記具を均等に回しながら描くことです。一定の筆圧を保ちながら一定の角速度で回転させるのが最初は難しいのですが、訓練するとできるようになるものです。こういう課題にはちゃんと意味があるのです。平行線の間隔も、定規を置く位置や筆記具をあてる角度などを試行錯誤しているうちに、微妙なコントロールができるようになってきます。

その課題が終わって提出した次の週に出された課題はさらにビックリでした。今度は「フリーハンドで方眼用紙を描く」でした。ミリ間隔の線は縦横50mmほどで良いという緩和処置がありましたが、かなりハードです。自分は苦手で、線はぶよぶよで濃淡もマダラでしたが、美術教室やデッサン教室に通っていた人たちは大層美しく仕上げて来ていました。やはり線を思い通りに描くのは経験がものを言うようです。
建築学科だけ入学試験が2日あってデッサンの試験があったので、ほとんどの学生は受験前1年ほどデッサン教室などに通っていて、抜群に絵が上手でした。自分が一番へたくそだったと思います。前述のように、本当は数学科に行きたかったので、デッサンの試験なんて真剣に考えていませんでした。試験の前日に芸術家で写真家の伯父に電話して、「明日デッサンの試験なんだけど、デッサンってどうやって描くの?」と聞いたくらいです。叔父はいささかあきれながら、「輪郭線は描かずに、面で捉えて光と影を描け」とだけアドバイスしてくれました。まあ、そんなんでうまく描けるはずもありません。アグリッパという石膏像のデッサンが試験でしたが、周りの受験生たちはめちゃくちゃうまく、自分の絵だけがへたくそな小学生が描いたようなマンガで、提出するのを恥ずかしく思った記憶があります。
しかし、なぜか合格し、方眼用紙を描く課題に苦労していたわけです。入学してから半年ほど日々線を描く練習をしていると、そこそこきれいな線を描けるようにはなります。人間やっぱり訓練ですね。

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製図道具フリーク

建築学科に入ってからの修行のせいで、製図道具マニアになったのだと思います。そして、今の文房具マニアに発展します。毎日のように課題で図面や絵を描いていると、自ずと筆記具の良し悪しも分かるようになってきます。このペンはバランスが悪いとか、この芯は引っ掛かりがあるとか、微妙な差に文句を言うようになります。自分の理想の筆記具を求めて、伊東屋とか、世界堂といった文房具店に入り浸るようになります。しかし、なかなかお気に入りの筆記具には出会えないものです。

理想的なシャープペンシル

大学で色々な筆記具の扱い方を習いますが、なんだかんだ言って、結局一番使うのはシャープペンシルです。最後に墨を入れるにしても、それまでの下書きはほぼ100%シャープペンシルです。社会に出てからはもっと顕著で、図面はトレーシングペーパーにシャープペンシルで描いて、青焼きして使うのが当時の実践的な設計士の仕事でした。現在でしたらCADで図面を描いて、プリンタで出力するのでしょうが、当時はドラフターが事務所に並んでいて、使う道具はシャープペンシルと消しゴムです。墨入れなんかすることはまずありません。消せて、修正できることの方が実務では重要なのです。
普通の人々は、それほどシャープペンシルの芯を補充することはないと思います。しかし、シャープペンシルで図面を描いていた時代は、シャープペンシルの芯ってこんなに頻繁に補充するものなんだ、と思うほど芯を消費します。そのくらいシャープペンシルは酷使します。
したがって、当時の設計士はみなシャープペンシルに並々ならぬこだわりを持っていました。朝から晩まで、時には徹夜して図面を描くようなことが日常ですから、自分に合ってないシャープペンシルだと大変疲れるのです。逆に理想的なシャープペンシルだと疲れず、仕事がはかどります。微妙な違いなのでしょうが、四六時中使うことになるので、形、重さ、バランスなど、わずかな違いでもわれわれのような職業では大きく影響してくるのだと思います。

Pentel GRAPH 1000 FOR PRO 0.4

そんな時代に登場したのがペンテルの名作、GRAPH 1000 FOR PROのシリーズです。0.3、0.4、0.5、0.7、0.9がラインナップされています。軽く、バランスが良く、長時間図面を描く人間のことを考えて作られたこだわりをひしひしと感じる設計でした。文房具店で新発売となった GRAPH 1000 FOR PRO 0.4を買いました。

0.4のこだわり

以前から、シャープペンシルは0.4に決めています。
結構筆圧が高いので、0.3はすぐに折れるし、0.5は太すぎます。一度0.4を使ったら自分にとっては理想的で、0.3や0.5は使えなくなってしまいました。 普段文字を書くときも、0.4は最適だと思います。逆に何でほとんどの人は0.3や0.5で満足しているのだろう、と疑問に思います。 0.3は細すぎるし、0.5は太すぎるのです。0.4がジャストだと思う人がもっといても良いと常々思っているのですが、極めてマイナーなようです。

世界一のシャープペンシル

いささか大げさかもしれませんが、GRAPH 1000 FOR PRO 0.4は私にとっては世界一のシャープペンシルです。登場した1986年から使い続けて35年ほど経つので、もう黒の塗装がハゲハゲになっていますが、丈夫で壊れず、愛着がわいています。壊れたら買い替えようと思っていましたが、壊れないのです。文房具フリークなので、色々と浮気はしますが、GRAPH 1000 FOR PRO 0.4に勝るシャープペンシルに未だ出会いません。こうなったら一生使おうと思っています。

30年以上使うと、摩擦でロゴももうハゲハゲです。このあたりが一番摩耗していることがわかります。5Dと書かれたところに本来はクリップの輪がはまっていましたが、最初に取ってしまいました。丁度摩耗している部分とクリップは重なる位置なので、付けたままだったら相当邪魔であったことが分かります。クリップが簡単に取れる仕様になっているところもぺんてるさんの配慮です。

前述のように、回しながら描く癖がついているので、クリップが邪魔になります。GRAPH 1000 FOR PRO のもう一つの優れている点は、クリップが簡単に取り外せる設計になっていることです。おそらく、図面を描く人からはそういった要望が多いと思うので、取り外せるようにしてあるのでしょう。
もちろん、自分は買ってすぐに外しました。その代わり、筆箱が必要になりますが、普段から様々な筆記具を入れるための筆箱は持ち歩いているので、特に問題はありません。

ネットで調べたら、 GRAPH 1000 FOR PRO 0.4 は未だに現行商品です。私と同様、コアなファンがいるようです。もし壊れても、もちろん、同じものを買います。素晴らしいシャープペンシルを製造していただき、かつ何十年も作り続けていただいて、ぺんてるさんには感謝です。これからもぜひ作り続けていただきたいと思います。

替え芯

0.4の芯はなかなか売っていないので注意が必要です。0.5だったら急遽芯が切れても友達から借りたり、コンビニに走れば入手可能ですが、0.4はマニアックな文具店に行かないとなかなか手に入りません。まとめて買っておくことをおすすめします。いつも携帯していないと切れた時に困ります。自分はネットでまとめ買いをしています。
個人的には濃い芯が好きなので、Bか2Bを使っています。ぺんてるのシャープペンシルには、ぺんてるの替え芯をおすすめします。

ぺんてる

シャープペンシルを発明したのは現在は家電メーカーのシャープの早川さんだと信じている人が多いようですが、現在主流の0.5や0.3のいわゆるシャープペンシルを実用化したのは、実はぺんてるなのです。シャープが作ったものは、芯が1mmの芯ホルダーに近いものです。したがって、1mmより細い近代のシャープペンシルは、ぺんてるが老舗です。細い芯自体他のメーカーは作れず、ぺんてるが製造技術を開発して現在に至っています。最近は0.2も作られ、試験的に0.1も作られています。

0.3とか0.5と言う数字は呼称であり、実際のミリとは異なります。芯の直径はJISで決められており、例えば0.5の呼び寸の芯は、JISでは0.55〜0.58mmと定められています。実際のミリ数とは異なるため、ぺんてる社では誤解を避けるためにシャープペンシルや替え芯の商品に「mm」や「ミリ」の表現はせず、単に「0.3」とか「0.5」と表記しています。

シャープペンシル用芯(日本工業規格 JIS S 6005:2019)

表示直径JISによる規定(mm)
0.2 0.27〜0.29
0.3 0.37〜0.39
0.4 0.46〜0.48
0.5 0.55〜0.58
0.7 0.69〜0.73
0.9 0.88〜0.92
1.3 1.25〜1.32
1.4 1.37〜1.44
2 1.95〜2.05
Pentel のGraph 1000 FOR PRO 0.4です。
シャープペンシルは、一度この0.4mmを使うとそれしか使わなくなってしまいました。0.3は細くてポキポキ折れるし、0.5は私には太すぎます。0.4がちょうど良いと思うのですが、少数派のようです。
0.3にも0.5にも不満を持っている方がいらっしゃいましたら、ぜひ0.4をお試しください。今までの不満が一気に解消するかもしれません。
製図用のペンですが、大変書きやすいので、普段からこれしか使いません。込み入った漢字を書くときも、0.4は最適です。
このシャープペンシルも尾部のクリップは取り外せるので、取って使っています。特にシャープペンシルは回しながら書くので、建築屋は取って使っているでしょう。
シャープペンシルだったらこれがイチオシです。

0.4替え芯


H

HB

B

2B
ぺんてる純正の0.4替え芯5個セットです。
あまり売っていないので、まとめ買いがおすすめです。
左からH、HB、B、2Bです。

Pentel GRAPH 1000 FOR PRO シリーズ


0.3

0.4

0.5

0.7

0.9
著者
Yama

大学卒業後しばらくは建築設計に従事。その後人工知能の研究所で知的CADシステムやエキスパートシステムを開発。15年ほどプログラマをしていましたが、管理職になるのが嫌で退職。現在は某大学の非常勤講師(情報学)、動物医療系および野鳥写真家、ウェブプログラマ、出版業などをしながら細々と暮らしています。

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建築文房具
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