スヌーピーとレッドバロン

Someday I’ll get you, Red Baron!

Snoopy

スヌーピーが戦闘機乗りのコスプレをしながら犬小屋の上でこう叫ぶ姿を昔から疑問に思っていました。

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レッドバロン

レッドバロンは言わずと知れたドイツの撃墜王、マンフレート・アルブレヒト・フォン・リヒトホーフェン男爵です。一人だけ真っ赤に塗った 愛機フォッカーDr.I に乗り、生涯で80機以上撃墜したドイツの英雄です。軍用機は普通可能な限り目立たない塗装をしますが、リヒトホーフェンの機体だけが真っ赤に塗装され、敵のパイロットたちを動揺させる心理的効果もあったようです。撃墜王として恐れられていた存在なので、赤い機体を見た瞬間震え上がったことでしょう。

リヒトホーフェン のことは、小学6年生の時に知って大変興味を持ちました。ウィーンに住んでいた1973年頃、同じ日本人の知り合いの家族が日本から持ってきていた学習研究社 の小学5年生向けの「科学」に出会いました。そこに連載していた漫画、 平見 修二さん作、 真崎 守 さん作画の「ホモ・ウォラント」に大層感動して、夢中になって読んだ思い出があります。青年が謎の老人のコクピット型のタイムマシンで航空機の歴史的場面に行って様々なことを体験するストーリーです。リリエンタール兄弟、ライト兄弟、赤男爵ことリヒトホーフェンなど、空を飛ぶことが人類の夢だった時代から、やがて軍事利用される現代までの航空機の歴史的ブレークスルーを青年を通じて読者は体験するような気持ちにさせる作品でした。
漫画の中では、青年はリヒトホーフェンとも仲良くなり、史実を知る青年はリヒトホーフェンが最後に撃墜される日の出撃を必死に阻止しようとするのですが、歴史は変えられず……。

フォッカーDr.I

まさにドッグファイトのための究極の設計です。全幅を短くするために主翼は3枚あり、さらに主脚の間にも翼があるので、実質4葉機です。抵抗が大きく、速度が出ない代わりに揚力が大きく、旋回性能が極めて高いのが特徴です。飛びながら、ほぼその場で180度ターンができたと言います。
リヒトホーフェンの愛機として有名ですが、同僚のヴェルナー・フォス少佐はこの180度ターンを得意技とし、戦死するまでの10ヵ月に48機撃墜するという快挙を成し遂げています。リヒトホーフェンを遥かにしのぐ早さです。いかに運動性能が高かったかということが分かります。
180度ターンができたのは、航空機の歴史上、後にも先にもDr.Iだけのようです。Dr.Iの背後をとって有利な体勢で攻撃しても、いつのまにか後ろにいて攻撃されている、という恐ろしい戦闘機です。第一次大戦のドッグファイトでは圧倒的に有利だったことでしょう。

ホモ・ウォラント(Homo Volant)

ホモ(Homo)は「人間」、ウォラント(Volant)は「空を飛ぶ」という意味のラテン語です。飛行機好きになるきっかけになった漫画です。小学生の時に夢中になって読みました。この漫画に出てくるさまざまな飛行機の絵を元に想像で図面を描いて模型を作って遊んでいました(根暗です)。それほど影響を受けた漫画です。
修学旅行でミュンヘンのドイツ博物館に行ったときも、1人で航空機のエリアに入り浸っていた記憶があります。そこには、ホモ・ウォラントで登場したリリエンタールのグライダーやフォッカーDr.Iなどが展示してありました。普段は大人しい少年でしたが、ここでは大興奮です。実物のV2ロケットの展示も圧巻でした。

平見 修二さん作、 真崎 守 さん作画の「ホモ・ウォラント」です。
大人になってからも時々思い出し、また読みたいと思っていましたが、ようやくKindle版で復活しました。
飛行機好きの人にはおすすめです。

アーサー・ロイ・ブラウン大尉

当時は連合軍が散々苦しめられた撃墜王を誰が撃墜するのか躍起になっていました。レッドバロンを撃墜したら連合軍のヒーローです。

1918年4月21日、フォッカーに乗るリヒトホーフェンはソッピースキャメルに乗るイギリスの英雄ブラウン大尉と空中戦になり、ブラウン大尉が反転して体制を立て直す間にリヒトホーフェンのフォッカーは不時着していたということです。地上のオーストラリア軍が駆けつけた時にはすでに死亡していたそうです。
当初はブラウン大尉が撃墜したと思われていましたが、オーストラリア軍の地上部隊など、複数の人物が我こそがレッドバロンの撃墜者だと名乗りを上げていて、未だに確証は得られていません。しかし、致命傷を与えたのが誰かは別として、ブラウン大尉が空中戦で打撃を与えたのは事実のようですし、空中戦によって地上から攻撃しやすい位置に追い込んだ可能性も否定できないと思います。いずれにしても、連合国軍の宿敵レッドバロンをしとめるのに、ブラウン大尉が一役買ったのは事実なのでしょう。

チャールズ M. シュルツ

ピーナッツの作者チャールズ M. シュルツ氏は、1922年アメリカミネソタ州生まれです。父親はドイツ系移民、母親はノルウェー系移民です。父親がいつアメリカに移住したのかわかりませんが、少なくとも1922年以前であり、1918年まで続いた第一次世界大戦とオーバーラップしています。まだヒットラーが台頭する前なので、ユダヤ人迫害を避けての行動ではないと思いますが、大戦の前後にドイツを離れ、アメリカに移住しています。当時は現在のように気軽にドイツからアメリカに移動できる状況ではありませんので、よほどの事があっての移住計画だったのでしょう。タイタニックが1912年、リンドバーグが初の飛行機による大西洋無着陸横断を果たしたのが1927年ですから、第一次大戦頃は1週間ほどかけて、客船で大西洋を横断するしかアメリカに行く方法はありませんでした。
父カールはアメリカで理髪店を開業し、やがてチャールズが生まれます。貧しくも、愛情をもって育てられたようです。父は息子の絵の才能を発見し、美術学校に進学させます。そして1950年に漫画ピーナッツが誕生し、50年間も連載される世界的な大ヒット作となります。

スヌーピーはなぜレッドバロンを敵視するのか

父カールがドイツ人の誇りを持ってチャールズを育てたとしたら、リヒトホーフェンは英雄として扱われると思うのですが、チャールズが描くスヌーピーはイギリス軍のパイロットに扮して、”Curse you Red baron!”(くたばれレッドバロン)とか冒頭の”Someday I’ll get you, Red Baron!”と言うように、レッドバロンは宿敵で相当恨みを持っているようなセリフをはいています。なぜでしょう。それが小学生の時から不思議でなりませんでした。
ドイツ圏に住んでいるときは、レッドバロンは騎士道精神にあふれた英雄というイメージを持っていましたが、ドイツ系移民のシュルツはレッドバロンを敵対視しています。それが腑に落ちませんでした。

推測その1

父カールがなぜ第一次大戦前後にアメリカに移住したのか、資料は発見できませんでしたが、よほどのことがあったのではないかと個人的には推測しています。 カールがドイツ贔屓なドイツ人でしたらそもそもアメリカに移住しないと思いますので、当時のドイツの政策や国民性、経済状態、などに疑問を感じ、アメリカに移り住んだのだと推測できます。旅客機などない時代ですから、ドイツからアメリカに移住するのはかなり大変なことだったでしょう。
そして、アメリカで生まれたチャールズが後年イギリス軍の戦闘機パイロットに扮してレッドバロンを敵視するマンガを描いているのが興味深いところです。父親がドイツを捨て、アメリカに移住した原因がチャールズの中にも埋め込まれていたのかもしれません。
つまり、ドイツが嫌で、自由の国アメリカに移り住み、息子にはドイツの悪いところを言い聞かせて育てた可能性があります。第一次世界大戦はドイツ圏 v.s. 世界のような構図でしたので、ドイツ人の中にもドイツは間違っていると考えた人も多かったのではないでしょうか。そのため、シュルツ家は完全にドイツに敵対する連合国側の考えになっていたと推察できます。

シュルツ家はユダヤ系だったのではないかという推測もできますが、文献等は見つかりませんでした。偶然だと思いますが、チャップリンの「独裁者」の登場人物には、チャップリンが演じる「ユダヤ人の床屋」と「飛行士官のシュルツ」が出てきます。

推測その2

撃墜王を英雄化したり偶像化することが戦争を美化しているようで、反戦を訴えるためなのではないかとも考えましたが、スヌーピー自体が戦闘機乗りに扮しているので、矛盾しています。スヌーピーの妄想の中では、自分はイギリス空軍のエースパイロットであり、愛機ソッピース・キャメルを駆ってレッドバロンと激しいドッグファイトを演じます。マシンガンを討ちまくるその姿に反戦の要素は見当たりません。
チャールズ自身も第二次世界大戦ではアメリカ軍に入隊して ヨーロッパへ出兵しています。

推測その3

単に名前から連想されたギャグの可能性もあります。
スヌーピーはチャーリー・ブラウンが飼っている犬ですから、スヌーピー・ブラウンです。レッドバロンを宿敵としていて、最後には撃墜したとされるブラウン大尉と同姓です。
チャーリー・ブラウンという名前はチャールズ M. シュルツの友人の名前からとったそうですが、そこから色々とストーリーが展開されていくうちに、スヌーピー・ブラウンとアーサー・ブラウンのリンクが出来上がったのかもしれません。漫画の中でも、イギリス空軍のエースパイロットだと明言していますし、愛機がソッピース・キャメルであることも分かっているので、スヌーピーが扮しているのは明らかにアーサー・ブラウン大尉です。偶然苗字が同じなわけではなく、苗字が同じであることから生まれたストーリーなのではないでしょうか。

考察

そもそもドイツを捨て、新天地を求めてアメリカに移住した父カールに育てられたチャールズですから、おそらく第一次世界大戦から第二次世界大戦頃までのドイツに対して、シュルツ一家は良い印象を持ってはいなかったのでしょう。チャールズは1922年にアメリカで生まれてアメリカ育ちですから、さらにヒットラーが台頭している最悪な時代のドイツの印象を持っていたと思います。1943年にアメリカ軍に入隊していることからも、身も心も完全にアメリカ人であり、ドイツに対して祖国という感情はまったく持っていないことがうかがえます。

と言うことで、変な裏があるわけではなく、ただ単純にスヌーピー・ブラウンが同姓のよしみとしてブラウン大尉を演じてソッピースキャメルを駆り、大空を舞って宿敵レッドバロンとドッグファイトをしてあえなく撃墜され、辛くも生還する、というストーリーを楽しめば良いのでしょう。
犬なので、ドッグファイトという言葉の関係も込められていると思います。特に政治的な意味合いはないのかもしれません。

どうも考えすぎでしょうか。

著者
Yama

大学卒業後しばらくは建築設計に従事。その後人工知能の研究所で知的CADシステムやエキスパートシステムを開発。15年ほどプログラマをしていましたが、管理職になるのが嫌で退職。現在は某大学の非常勤講師(情報学)、動物医療系および野鳥写真家、ウェブプログラマ、出版業などをしながら細々と暮らしています。

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