盗用・剽窃について

私たち旧人類が学生の頃はインターネットなどはなく、レポートや論文を書くには図書館で文献や過去の論文を調べて情報を収集するしか方法がありませんでした。コピーも高かったので、手書きで写し、レポートや論文も手書きです。今考えると大変効率が悪く、検索にも限界があり、見つけられない情報も多かったと思います。しかし、この過程が実は重要であり、情報の整理の仕方を学ぶ基礎になっていたと思います。

時代はインターネットの時代となり、情報検索の方法は劇的に変化しました。Googleで検索すれば、調べたいことの詳しい解説が瞬時に出てきてしまいます。「〇〇についてレポートを書け」という課題を出しても、今の学生ならウィキペディアをコピペして数分でできてしまいます。ちょっと気が利いた学生なら、写真やグラフまでGoogleで検索して、ぱっと見は立派なレポートに仕上げてきます。

しかし、本人には何も残りません。

そこが問題です。ネットに精通した手先が器用なずる賢い人間を量産しているだけなのです。スマホさえあれば自分は何でもできると信じている方々です。困ったものです。

スポンサーリンク

社会的に問題になっている

インターネットが一般に普及してからは、これがずっと問題になっていました。インターネットはそもそも大学間での情報の共有を促進するために作られたものですから、学術利用が本来の姿です。文献検索、論文腱索、共同研究などをするために、アメリカの各大学の学内LAN同士をつなげたのがはじまりです。それがここ数十年で爆発的に普及して今では買い物やお見合いまでできるようになってしまいました。

情報が溢れ、それを自由に扱えるようになると、多くの人々は錯覚するようです。自分は何でも知っている、自分は何でもできる、と。
考えたり、覚えたりする必要性を感じなくなってしまうのです。

小学生からスマートフォンを使う時代になり、ますますその傾向が強くなってきています。個人的には義務教育の小学校、中学校はスマートフォンやタブレットなどは禁止にすべきだと思っています。大人でも勘違いしているのですから、子供たちは何もしなくてもネットから何でも情報は取り出せる、すなはち、自分は何でも知っていると勘違いすることでしょう。

アインシュタインもインターネットの時代ではないにも関わらず、次のような格言を述べています。

Information is not knowledge. The only source of knowledge is experience.
情報は知識ではない。知識の唯一の源は経験である。

Albert Einstein

まさにその通りだと思います。その時代になぜこのような発言をするに至ったのかは分かりませんが、ネットなどがない時代でも勘違いしていた人が多かったのでしょう。あるいは50年後を予測して格言として残したのかもしれません。現代人に警鐘を鳴らすために。

情報学

現在、大学で情報学の授業を持っています。コンピュータの簡単な仕組みや歴史から大学生活で困らないための様々なソフトウェアの使い方などを実習形式で教えています。そんな中で、大学から相談されたこともあり、レポートや論文を書く心構えとして、ネットの利用方法や盗用・剽窃についての教育も自分の役割として授業に組み込んでいます。誰かがきちんと教えないといけないと思いました。

そもそもネットの情報は信頼できるのか

この「一般的に、〇〇を□□すると△△になることが知られている」は何に載ってたの?

ネットー!

誰が書いたの?

よかぴーって人!

それ誰?

わかんなーい。でも本当っぽいよー。

何を根拠に?

だって「知られている」って書いてあるじゃん!

……みたいな。

そもそも名前も所属も知らない人間がいつ書いたかも分からない情報を引用してレポートや論文を書いて良いのかという問題があります。アカデミックな世界ではそれは許されないことです。エビデンスを述べるのであれば、必ず参考文献を記載します。そこに「ネットー」とか「作者不明」とは書けません。
甘い先生でレポートでは通ったとしても、査読がある論文投稿や卒論ではそれは絶対に通りません。瞬時に却下されて返ってくることでしょう。

つまり、 政府機関や研究機関、論文検索などの情報で、タイトルや著作者の所属や氏名が明記されている情報以外、 いかに重要で正確な内容であっても、アカデミックの世界では引用してはいけないものなのです。多くのネット情報は 文責が載っていません。信ぴょう性を確かめる術がないのです。

著作権

法的にもアウトです。著作権というものがあります。本だろうと論文だろうと、ネットのブログであろうと、文章を書いた人には著作権というものが発生します。国によって異なりますが、日本は無方式主義という考え方を採用しています。

無方式主義

世界の著作権とも言えるベルヌ条約に加盟している国(世界121か国)は無方式主義を採用しています。文章などは、特に登録したり、権利を主張したりする必要がなく、書いた時点で著作権が自動的に発生するという考えです。したがって、出版物であろうと、個人のブログであろうと、書いて公開した時点で書いた人に著作権が発生します。それを誰かが無断で使ったことが発覚した場合、著作権法違反で訴えることができます。それは著作者の死後50年(国によっては70年など異なった年数もあります)有効となる権利です。

これはCopyrightの表記や丸Cマークの有無や、不許複製などの表記があるかどうかなどは関係ありません。これらのマークはベルヌ条約に加盟していない国に対するものであり、ベルヌ条約加盟国ではじつは表記の有無は関係ないのです。

  • 文章は書いた人
  • 写真は撮った人
  • 絵は描いた人

が自動的に著作権保持者になります。

盗用・剽窃

先進諸国はベルヌ条約に加盟しています。前述のように、ベルヌ条約加盟国は無方式主義を採用しています。

このことから、実は怖いことが起こります。本だろうと論文だろうと、ネットの情報だろうと、内容をパクって自分のレポートや論文に貼ると、無方式主義であるために、「それは自分が作成した」と主張しているのと同じことになります。作成者に断わりなく文章をコピペでレポートに貼ったり、ダウンロードした写真を貼ったりするだけで、著作権法違反の犯罪を犯していることになります。これを盗用とか、剽窃(ひょうせつ)と言います。たとえそれが公になっている文章であろうと、著作権フリーで自由にお使いくださいとして流れている写真であっても、著作者の許可を得て、著作者名を明記しない限り、レポートや論文で使うと盗用になります。レポートや論文は自分の名前で出すものですから、引用や著作権者の表記がないものは自分の著作物であると主張することになるからです。これが無方式主義の怖いところなのです。

日本はベルヌ条約に加盟している割に、この事実をきちんと学生に教えることは少なく、なんとなく人の文章や写真をパクっちゃだめだよ、程度の認識しかないと思います。しかし、これはれっきとした犯罪なのです。そこをもっと明確に学校で教えるべきでしょう。

2000年以降、国内の大学も徐々に取り組み始め、年々厳しくなってきています。大学によってはレポートでの盗用・剽窃は試験におけるカンニングと同罪とし、単位習得不可はもちろん、悪質な場合は停学や退学処分といった厳罰を課しているところもあります。

学生のいいわけ

問題は盗用や剽窃が悪いことだと思っていない人が多いことです。これはきちんと教えていない学校側の責任だと思います。他人の文章や写真などを自分の名前を書いたレポートで出すことがどういうことなのかを理解していないのです。

このレポートは自分で書いたの?

ウィキー!(Wikipedia)

みんなの百科事典なんだから使っていいんでしょ。

……

この写真や図はどうしたの?

あーそれはフリー素材!

著作権フリーって書いてあったから自由に使っていいんだよ。

先生知らないのー。今は便利なサイトがいっぱいあるんだよー。

うー。

とまあ、こんな感じで、まったく悪びれず、ネットの情報やフリーと書かれた素材などは自由に使っても良いと思っているのです。これは数年前に実際に学生とやり取りした内容です。

海外の対応

海外の大学の方がはやくから問題視していて、1990年代から各大学で取り組みがはじまっています。大学毎に明確な基準を設け、罰則も日本の大学よりも厳しいものが多いようです。特に著名な大学ほど罰則も厳しく、停学処分や退学処分が課されます。後日盗用・剽窃が発覚した場合も、卒業の取り消し、博士号の剥奪など、厳罰に処されます。

無意識の盗用・剽窃

とにかく、学術の世界では、盗用・剽窃は絶対に避けなければなりません。

うっかり、気づかずにやってしまっていることもあるかもしれません。レポートや論文を書くときは、逆に盗用や剽窃と判断されないよう、書く側も注意する必要があります。危ないのは、引用しているのに明確に引用として記述していない場合です。誰がいつどこで書いたものかといった出展を書かずに引用だけすると、盗用や剽窃とみなされることになります。少しでも参考にしたものは、すべて列記するようにしましょう。

引用

盗用・剽窃は悪ですが、他人が発表しているものを全く利用してはいけないという意味ではありません。逆に、学問の世界は先達の業績を元にそれを引用して新しい学問を切り開いて行くものです。過去の学説や証明されたものなどは、どんどん引用して、その上に新しい理論を組み上げて行きます。それは学問の正しい姿です。
他人が公開しているものをあたかも自分が作成したかのように自分の名前で出してはいけないということです。そこは履き違えないようにご注意ください。

参考文献

早稲田大学などは早くからこの問題に取り組んでいます。学生に向けたPDFは参考になりますので、学生の方々は一読をおすすめします。

レポート・論文における盗用・剽窃行為について

文責

ちなみに、このページを引用する人がいるかもしれないので、文責を書いておきましょう。

2021年2月14日
山内 昭

著者
Yama

大学卒業後しばらくは建築設計に従事。その後人工知能の研究所で知的CADシステムやエキスパートシステムを開発。15年ほどプログラマをしていましたが、出世するのが嫌で退職。現在は大学非常勤講師(情報学)、動物医療系および野鳥写真家、ウェブプログラマ、出版業などをしながら細々と暮らしています。

Yamaをフォローする
出版異国の文化教育
スポンサーリンク
スポンサーリンク
タイトルとURLをコピーしました