デジカメの終焉は近いのか

獣医療系学科の学生たちは、結構野生動植物の写真や症例写真、手術写真、解剖写真、顕微鏡写真など、記録として様々なターゲットを様々なシチュエーションで撮影する機会が多いので、基本的にはスマホではなく、デジタルカメラをおすすめしていました。学術目的で撮影する写真は、露出の調整、ホワイトバランスの調整など正確に記録する必要があるからです。論文に使う写真もスマホじゃかっこつかないので。
そんな話をして撮影実習の日をむかえたら、1/4くらいの生徒はちゃんとデジタルカメラを持ってきてくれました。

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ビックリ!

ターゲットを用意して、撮影実習が始まったのですが、カメラを持ってきた数人が撮影できないとうったえてきました。

どれどれ、とカメラを受け取って撮ったら、普通に撮れます。
「普通に撮れるじゃん」と言ったら、
「えー、すごーい、どうやって撮ってるんですかー」と言うので、
「え、普通にシャッター押せば撮れるよ」と言ったら
「シャッター?何ですかそれ」と言われてしまいました。
ガーン!

その生徒はカメラには物理的なシャッターが存在することを知らなかったのです。私が撮影しているのを見ていても、まさかカメラの上面に押すボタンがあるとは思っていなかったのでしょう。押している指でシャッターボタンも隠れていますし。
後ろの液晶を指で何度も押して「撮れない撮れない」と言っていたのです。自分はそこまで旧人類になってしまったのでしょうか。それともこの学生が進化し過ぎているのでしょうか。きっとこの日のために急遽親から借りて来たのでしょうが、それにしても驚いてしまいました。

学生たちは私が画面にも触れず、いとも簡単にバシャバシャ撮影できることに手品を見るように驚き、私はもう物理的なシャッターの存在を知らない世代の方々に驚いたりショックを受けた出来事でした。

講義でシャッターや絞りの話をしてしまいましたが、ちんぷんかんぷんだったに違いありません。反省します。来年は講義内容を少し見直す必要がでてきました。

「昔は電話機にダイアルが付いていたんだよ」「へー、どうやって使うの?」と同じように、
「昔はカメラにシャッターというものが付いていたんだよ」「へー、何のため?」
という会話がなされるようになるのでしょうか。というか、もうなっているのかもしれません。
もっと言うと、
「昔はカメラっていう、写真を撮るためだけの道具があったんだよ」「へー、不便だったんだね」
なんて会話がされるのでしょう。今後はさらに加速されることが予測されます。こんな風に。

  • 「昔はオーディオっていって、音楽を聴くための装置があったんだよ」「めんどくさかったんだね。で、どうやって持ち歩いたの?」
  • 「昔は紙に手で文字を書いて物理的に送る手紙っていうものがあったんだよ」「そんなのいつ届くかわかんないじゃん。ずいぶんノンキだったんだね」
  • 「昔は新聞っていうニュースを印刷した紙を家に配っていたんだよ」「えー、配るの大変じゃん。誰が配るの?ロボット?」
  • 「昔は時間を知るために腕に時計っていうものを付けていたんだよ」「ふーん、そんなことをしないと時間がわからなかったの。遅れてるね」

なんてね。まだかろうじて大丈夫ですが、10年後はこんな会話をしているかもしれません。

著者
Yama

大学卒業後しばらくは建築設計に従事。その後人工知能の研究所で知的CADシステムやエキスパートシステムを開発。15年ほどプログラマをしていましたが、出世するのが嫌で退職。現在は大学非常勤講師(情報学)、動物医療系および野鳥写真家、ウェブプログラマ、出版業などをしながら細々と暮らしています。

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カメラ・写真撮影機材教育
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