一応建築家のはしくれなので、絵やデザインには興味があります。大学は建築学科だったので、学科試験の次の日にデッサンの試験もありました。
今はCADで図面を描くのでしょうが、1970年代はまだ大学でも自由に使えるPCすらなく、図面はすべて手書きです。そのため、3次元の物体を2次元に表現する技術が必要だったのでしょう。入学試験でのデッサンのみならず、大学に入ってからも表現手法の授業はたくさんありました。美術学校かよ、と思うほど、ことあるごとにデッサンやスケッチの提出を求められました。
やはり3次元のものを2次元で表現するためにはデッサンが基本中の基本になるのでしょう。石膏像、校舎、有名建築物、風景、人物など、あらゆるものが課題になります。
厳しかったデッサンの先生
デッサンの授業の最初はよくある石膏の立方体や円柱、球などをターゲットにB4の画用紙に描き、出来た人から順に先生の所に持って行って添削してもらうという授業です。
一生懸命描いて別室にいる先生のところに持って行ったところ、いきなり目の前でビリビリッと画用紙を破かれました。顔も怖い先生です。あっけにとられていると、
先生:石膏像は何色ですか
自分:えっ、あっ、しっ、白です
先生:あなたの絵の石膏像は何色ですか
自分:えっとー……うーん、グレーです
という会話がなされました。なるほど。到底白い物体を描いたようには見えないということです。
デッサンは人に情報を伝達する手法の一つなので、間違った情報が伝わってしまうのは論外だということを伝えたかったのでしょう。目から鱗でした。デッサンは素人が時間をかけて描くと、どんどん濃くなりがちです。
その授業のほとんどの学生はそのおっかない先生に画用紙を破かれて落ち込んで帰ってきました。皆ぶつぶつ文句を言いながら再度書き直していましたが、それ以降、何かが変わりました。白いものをどのように表現しようか考えるようになったのです。
「黒一色で、白い立体をいかに白く表現するか」
それがテーマだと悟りました。
だからと言って目の前で破くことはないだろうと思いましたが、破かれた人はそのことを忘れないでしょう。40年以上経った今でもはっきりと覚えています。と言うことは、その先生の教育の術にまんまとはまったということです。
余談ですが、4年の時は必須科目で裸婦デッサンの授業があったのですが、異常なほどの出席率だったのを覚えています。普段大学に来ない奴らも全員出席でした。
教室の中央でモデルさんが次々とポーズをとっていくのですが、最初は10分で描け、と言われ、次は5分、3分、1分と制限時間をどんどん短くされます。最後は10秒だったかな。見て、瞬間的に形を捉えて、その情報を短時間で相手に伝達する訓練です。おっかない先生の授業はみな真剣で、特に印象に残っています。
デッサンは特に意匠系の建築屋には必須の能力になりますので、知らないうちにその後の人生のベースとなっているのでしょう。
こんな授業は今もやっているのでしょうか。デジタル化されて、まさかタブレットで描いてデータで提出でしょうか。味気ないですね。
怖い先生もタブレットをへし折るわけにもいかないので、昔のように一生印象に残るような教育は難しくなったかもしれません。
コンプライアンス的にも問題でしょうし、今だったらその先生はアカハラで訴えられていたかもしれません。
デッサンの道具
石膏像やモデル、イーゼル、紙などは大学側が用意してくれていましたので、学生が用意するのは筆記用具としてグラファイトや芯と芯ホルダー、木炭、パステルなどで、消したりぼかしたりする道具として練りゴムや食パンを持って行きました。
たいして絵はうまくなくても、こういった道具を揃えるとなんだかワクワクしたことを覚えています。建築学科に入ってすでに筆記具フリークでしたので、大学の帰りはいつも画材店に入り浸っていました。
建築系や美術系でよく使われるのが芯ホルダーです。一番良く使われているのが2mmの芯ホルダーですが、自分はへそ曲がりなので、5.6mmの芯ホルダーに異常な魅力を感じました。
5.6mm芯の規格
一般にはあまりなじみがないと思いますが、建築関係や美術関係の方々はよく使う規格です。直径が5.6mmの黒鉛の丸い棒です。簡単に言うと鉛筆の中の芯だけを太くしたようなものです。
太く、多くは柔らかい芯なので、アルファベットはまだしも、ノートに日本語の細かい漢字などの文字を書くのには向いていません。筆鉛筆のように軟らかい芯で軟らかい下地の上で使うと習字の練習には使えそうです。いずれにしても、図やスケッチ、デッサン用に特化して作られた規格です。
5.6mmが統一規格だと思いますが、5.5mmと表記しているメーカーもあります。誤差の範囲なので、多くは互換性があるようですが、事前に確認することをおすすめします。
芯ホルダー
木炭の代わりに5.6mmの芯を直接持って使う人もいますが、手が汚れるので、5.6mm規格の芯ホルダーに入れて使うのが一般的です。5.6mmは世界的に統一された規格で、様々なメーカーから芯ホルダーも芯も販売されています。
日本ではあまりなじみがありませんが、ドイツやチェコの老舗が昔から販売していて、市場をほぼ独占しています。大変マニアックな筆記具ですが、建築系や美術系の方々には人気が高く、多くの人が愛用しています。
ホルダーは単純な構造で、後端のノブを押すと芯をくわえている先割れ金具(チャック)が開き、芯がリリースされ、ノブを離すとスプリングで戻り、チャックが芯をくわえる構造です。
日本のシャープペンシルのようにノックするたびに少しずつ芯が出るのではなく、完全開放されるだけなので、不用意に押すと芯がそのまま落下します。テーブルや紙の上に適度な間隔をあけて押すか、指などで受けて芯の出具合を調整します。
芯ホルダーには、一般的な長さのものと、短いものがあります。長いものは14㎝前後、短いものは10㎝前後のものがあります。長いものは普通のペンの持ち方で使いますが、短いものは手で包むように持って使うことが多いようです。短いホルダーの方が寝かせて書くことができるので、デッサンなどで使うのに適しています。
普段使いもできる5.6mm規格
人見知りの自分が学生に教える立場になろうとは思ってもいなかったのですが、かれこれ20年ほど大学で授業を持っています。学生からの個別の質問などに対応するとき、やはり旧人類なので、紙に図や絵を描いて説明するようにしています。字が書けない(漢字知らないし、字が下手)ので、ほぼ図だけで説明することが多くなります。そんなときに、学生時代に叩き込まれたデッサンが役に立っているのでしょう。
細かい字は書かず、図がメインなので、できるだけ太く濃い筆記具が適しています。どんな紙にも素早く滑らかに描けますし、柔らかいので、紙以外のものにも書けます。
やはり話しながらリアルタイムで図を描くと理解しやすくなると思います。A4の紙に大き目の図を描いて説明します。
デジタル時代の学生たちにも物珍しさからか、結構うけます。
5.6mmの芯ホルダーは日本ではあまり見かけませんが、ドイツのカヴェコ社やチェコのコヒノール社が古くから製造しています。製図ペンのロットリングとステッドラーのように、この2社が市場を独占しているようです。
個人的に使っている5.6mm芯ホルダーをいくつか紹介します。
いずれもマニアック過ぎる筆記具かもしれませんが、用途によっては他の道具では得られない使用感です。筆記具マニアにはおすすめです。
丸善美術商事 サムホルダー No.12
Kaweco-SketchUp 5.6
KOH-I-NOOR コヒノール 5.6mm三角軸ショートタイプ 芯ホルダー 5344
KOH-I-NOOR コヒノール 芯ホルダー 5.6mm KH5348 ブラック
(制作中)
CRETACOLOR クレタカラー 5.6mm芯専用 ドロップ式リードホルダー 430-15 エルゴノミック
オーストリアで300年以上の歴史ある老舗Cretacolorが人間工学に基づいて作った超マニアックな5.6mm芯ホルダー。
5.6mm芯について
5.6mm芯の加工
総評
太い芯の筆記具は太い線しか書けないと思っている人も多いと思いますが、実はそんなことはなく、角度を変えながら描くと細い線も描けます。回さずに一定の角度で使うと太い線になりますが、ちょっと回すと細い線になります。うまく使うと、芯の先端が多面体のように減り、面と角がたくさんあるような形状になります。そこを上手に使うと細い線、太い線をうまくコントロールできるようになります。そこが太い芯ホルダーの醍醐味なのだと思います。
もちろん紙の下の台の硬さなどにもよりますし、紙質によっても異なります。
また、回転だけではなく、紙との角度によっても太さは変わりますし、芯の出し具合によって寝かせられる角度も変わってきます。先端を削る角度によっても描ける線の太さやコントロール性も大きく変わります。芯研器の研磨角度も様々ですから、好みの角度で削れるものを探す醍醐味もあります。
こだわっている人はやはり自分でナイフで削ります。やすりで削る人もいます。
人によっては先端は円錐形ではなく、コンパスの芯のように1面だけ削り取る人もいます。
5.6mmの太い芯はそういった調整の自由度が高い芯なのです。
このように、5.6mm芯は大変アナログ的で人間臭い筆記具です。タブレットで絵を描く時代だからこそ、ぜひ芯ホルダーに入れた6Bの芯を肥後守で好みの角度に加工して図を描いてみてください。ものを描くことことの原点に立ち返ることができると思います。
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丸善美術商事
サムホルダー ブラック No.12 | カラーバリエーション |
Kaweco
Kaweco カヴェコ クラッチペンシル スケッチアップ ブラスRAW |
こんなに重くて丈夫な芯ホルダーを作る必要があるのかと思うほどしっかりした作りの5.6mm芯ホルダーです。姉妹品として銀色のブラススティンクローム、黒のマットブラックがありますが、軸の材質はすべて真鍮の削り出しで、表面にメッキや塗装が施されているものと思われます。自分は剥げると嫌なので、ブラスRAWにしました。 ブラスRAWという名称からも、真鍮素材そのままむき出しを主張したこだわりを感じます。 軸の太さは1㎝ですが、長さは短く、10.2cmしかありません。ゴロンとした形状です。そのため、長い芯は折らないと入りません。重さは45gあります。重い方が描きやすいという人にはきっとはまります。 |
Kaweco カヴェコ クラッチペンシル スケッチアップ ブラススティンクローム |
Kaweco カヴェコ クラッチペンシル スケッチアップ マットブラック |
Kaweco カヴェコ クリップ N ゴールド |
Kaweco カヴェコ クリップ N シルバー |
Kaweco カヴェコ クリップ N ブロンズ |
KOH-I-NOOR HARDTMUTH
コヒノール 芯ホルダー 5.6mm KH5348 ブラック |
チェコの老舗文具メーカー、コヒノール(KOH-I-NOOR)社の5.6mm芯ホルダーです。 全長が14.2㎝あり、コヒノールのオリジナル替え芯がそのまま使えます。 軸は樹脂製ですがバランスが良く、クリップなどの余計な突起物もないので、スケッチやデッサンに特化した設計になっています。 重さ36g。 |
KOH-I-NOOR(コヒノール) メカニカル クラッチ リードホルダー 56 5340 シルバー 重さ50gの重量級。 |
コヒノール 芯ホルダー 5.6mm KH5344 全長10㎝、18.14 g。 |
KOH-I-NOOR コヒノール 5353 Versatil 5.6mm 芯ホルダー(ブラック) 全長11㎝、重さ20g。 |
コヒノール 芯ホルダー 5311CN1005 5311 ブラック 5.6mm 4B 121.5mm、42g。 |
替え芯
カヴェコ 替芯 5B 5.6mm (3本) |
コヒノール 芯ホルダー 5.6mm 替芯 4865/6B |
コヒノール 替芯 5.6mm 4B |
カヴェコ 替芯 カラー 5.6mm (3本) |
この製品は長さ8㎝なので、短い軸でもそのまま使えます。 この手の色物は固い芯が多いのですが、この芯は何と言うか、パステルのような感触です。 透明なプラスチックケースに入っているので、筆箱の中に忍ばせておくことができます。 意外と脆いので、使っていると細かいくずが出ます。あまり筆圧をかけると折れそうです。あまり鋭角に研磨しないことをおすすめします。 |
e+m クラッチペンシル替芯 5.5mm (蛍光3色) |
レインボーペンシル芯 5.6mm x 90mm 色付き替芯 |
コヒノール メタリック芯 5.6mm |