アメリカの自由の恐怖

父親の仕事の関係で、小学校の3年間はアメリカ、中学校3年間はオーストリアで過ごしました。自分の人間形成において、良い意味でも悪い意味でも多大な影響を受けたのは紛れもない事実です。右も左も、酸いも甘いも、英語もドイツ語もわからないのに、いきなり異国での生活を強いられるのは、子供にとっては相当な出来事です。
しかし、今思い返すと、まあ、逆にそこは子供なので、順応性が高く、半年もするとカタコトでも現地の子どもたちと遊んでいましたので、ちょうど良い時期だったのかもしれません。

日本で小学校1-3年を公立小学校で過ごしたのですが、自分は勉強が大嫌いで、正直言って、今で言う落ちこぼれでした。ドリルという言葉を聞いただけで蕁麻疹が出そうなくらいです。成績はほぼオール2です。得意科目はなく、国語算数理科社会すべてダメです。昔は体罰当り前でしたから、よく先生に叩かれたり、廊下に立たされたりしました。通知表にはいつも「落ち着きがない」と書かれ、典型的なダメ生徒でした。唯一体育と運動会のみ良い印象を持っています。

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九九(くく)

何かを覚えることがとにかく苦手で、漢字の書き取りはもちろんダメで、九九を憶えるなんてまっぴら御免だと思っていました。昔はそんな病名はなかったと思いますが、今で言う学習障害に近い状態だったと思います。2年生になったとき、何とか九九を覚えなくて済む方法を一人画策していたのを覚えています。
後で人に言ったら「それは逆に天才なんじゃない」と言われましたが、九九の表を見ていて、やみくもに全部覚える必要がないことに気づきました。

2の段はニニンガシからニクジュウハチまでは仕方なく覚えたとしましょう。そうすると、次の3の段はサンニガロクはニサンガロクでもう覚えているので冗長です。つまり3の段はサザンガキュウからだけ覚えれば良いのです。4の段はシシジュウロク以降、5の段はゴゴニジュウゴ以降、6の段はロクロクサンジュウロク以降、7の段はシチシチシジュウク以降、8の段はハッパロクジュウヨン以降、9の段に至ってはククハチジュウイチだけ覚えれば済みます。覚えなければならない量は約半分になります。暗記することが大嫌いだったので、その方式を編み出して踏襲し、未だに半分しか覚えていません。それで大学卒業から現在に至るまで特に苦労していませんので、それで十分だったのでしょう。覚えなかった部分はワンテンポ遅れるので、おすすめはしませんが何とかなります。
漢字の方は覚えなかった影響は後になって悪影響を及ぼしていて、未だに漢字がほとんど書けません。「海外帰国子女だから漢字が苦手」という理由が使えるので便利ですが、実は海外に行く前から漢字は書けなかったのです。理科も社会も、暗記する部分はとことん避けてきました。とにかく学校が嫌いで、毎日出る宿題も嫌で、夏休みも大量にやらされるドリル恐怖症になっていました。
そんな落ちこぼれ小学生が突然アメリカに住むことになったのです。

アメリカ

小学校3年の時、カリフォルニア州のサンフランシスコに移住しました。それまでは一切英語教育は受けてなく、アルファベットさえ書けない状態でいきなりの渡米です。しかも、アメリカに着いて早々、現地の最寄りの公立小学校に入れられました。今考えると、英語がまったくできない純然たるジャパニーズな子供を、アメリカの小学校はよく受け入れたと思って感心しています。公立の小学校はそういうものなのでしょうか。日本でも日本語がまったく話せないアメリカ人を小学校は普通に受け入れるのでしょうか。あまりそういったシチュエーションは聞いたことがないので、いささか疑問に思っています。人種のルツボと言われている国なので、そのあたりはかなりおおらかなのかもしれません。
何はともあれ、家から2ブロックほど離れたスートロアネックスという小学校に入学しました。

アメリカの小学校

アメリカ人という人種は大方の人たちがイメージを持っている通り、明るく、フレンドリーです。こんな言葉も通じないわけの分からないアジア人が突然クラスに入ってきても、初日からとても親切に話しかけてくれたり、色々と教えてくれようとします。日本の小学校にいきなり日本語が通じないアメリカ人が来たら、きっと違う対応をすることでしょう。おかげで1ヵ月もすればプレイグラウンドで野球やバスケットなどをして遊ぶようになっていました。子供の順応性ということもあるでしょうが、それよりもアメリカ人の気質によるところが大きいと感じました。クラスメートも先生も大変フレンドリーでした。

自由

一方、日本の小学校からアメリカの小学校に転校して衝撃を受けたことがいくつかあります。一つは、勉強が大嫌いだった自分には天国だということが分かりました。アメリカの小学校では、宿題は基本的に出ません。貧富の差が激しいアメリカでは、義務教育で必要なものは全て支給されます。鉛筆も消しゴムも学校のものを使います。教科書も全て学校のものなので、逆に家に持って帰ってはいけないのです。したがって、予習復習を強制されることもなく、当然のように宿題もありません。
ピーナッツのマンガやアニメを思い出していただければ分かる通り、小学生たちはランチボックスのみを持って学校に行きます。日本のように勉強道具や筆記道具、そろばん、笛などがぎっしりつまった重いランドセルを背負って登校する必要はないのです。貧しい家庭の子たちは、ランチボックスさえ持ってきません。完全に手ぶらです。公立小学校にも食堂があり、そういう子供たちにはお昼ご飯が支給されていました。貧富の差で義務教育を受ける自由が奪われてはいけない、という考えなのでしょう。例えば日々食べるものに困る家庭に生まれた子供であっても同世代のほかの子と同じ教育が受けられるし、ご飯も食べさせてくれます。ビルゲイツの子供であろうと、無一文の泥棒の子供であろうと、その子供は平等に義務教育を受ける権利と自由があるのです。
また、夏休みは学年の変わり目でもあり、当然夏休みの宿題もありません。そもそも休みは基本的に家族と過ごしなさい、という考えであるため、土日や祭日はもちろんのこと、春夏秋冬の休みに宿題を出すような意地の悪い先生はいないのです。
しかも、普段の生活でも日本のように学校から勉強を強要されたり、怒られたりすることはありません。国は勉強する機会は国民全員に平等に与えますが、その機会を最大限に利用して勉強するのも自由、機会を無駄にして勉強しないのも自由なのです。

自由の恐怖

しかし、勉強嫌いの幸せも束の間です。1年もするとだんだんとアメリカの自由が恐怖に感じるようになってきます。小学校も高学年になってくると、クラスメートの中にも、この自由の解釈をはき違えて堕落していく奴と、自由と権利を利用してどんどん向上していく奴と両極端に分かれて行きます。日本でしたら、全員ができるだけ均質になるように徹底的に教育されますが、アメリカの小学校はこんな10歳足らずの子供にまで自由を与え、子供らの意思が尊重されるのです。これには恐怖を感じました。日本だったら、落ちこぼれたら黙っていても強制的に勉強させられ、学校に残されて大嫌いなドリルをやらされ、宿題を忘れると立たされ、悪いことをするととことん更生させられます。
アメリカにはそれがないのです。勉強したくない奴はしない自由が与えられ、そのかわり、したい人はどんどんする自由が与えられます。小学生から、自由の権利が与えられ、個性が尊重されているのです。自らの決断で、何をやりたいか、何をやりたくないかをうったえて、自ら行動する、という教育を受けます。日本の小学生は子供ですが、アメリカではもう一個人として扱われます。口をあけていれば何でも詰め込んでくれる日本の学校とは大違いです。

ヤバイ小学生

自由の権利と個性の尊重という大義名分によって、堕落する子供はとことん堕落します。学校で爆竹を鳴らしたり、教室にスニージングパウダー(くしゃみが止まらなくなる粉)やイッチングパウダー(触れると痒くなる粉)を教室にばらまいて授業を妨害したりします。
爆竹で指が2本飛んでしまった同級生もいました。余談ですが、アメリカの爆竹はこれまた過激で、チェリーボムやベアーボムといって、今は禁止されているようですが、当時は小型のダイナマイトかと思える破壊力が強いものまで駄菓子屋で売っていました。そんなものが暴発すると、指くらい飛んでしまうのです。
学校をさぼって万引きをしたり、小学校4年で学校にマリファナを持ってきている同級生もいました。
そうやって小学生の時からどんどん堕落して行き、犯罪者のレールの上を転がり落ちて行くのです。でも、アメリカではそれも自由であり、個性なのです。

普通の小学生

とは言え、上のようなヤバイ小学生はほんのごく一部です。学年で数人といったところでしょう。日本の小学生でも学年で一人や二人はヤバイ奴はいたはずです。ただ、ヤバさ加減がハンパないのです。
アメリカでも、大多数は良い子です。中でも親がしっかりしている家の子供たちは、自由をはき違えることなく、自由と権利を大いに利用してどんどん向上して行きます。小学生から自分が好きなものを見つけて、それを研究してレポートにまとめたり、図書館で勉強したりします。堕落する奴は堕落する権利がありますが、向上心がある子には向上する権利があり、そのための場は惜しみなく提供されるのもアメリカの文化です。
アメリカの小学生のクラスは、人種もごちゃまぜだし、貧富の差もごちゃまぜ、勉強の出来不出来もごちゃまぜです。それがアメリカの個性であり、自由の権利です。好きなものはとことんやるし、その場も提供されます。嫌いなことはやらないし、強制もされません。

アメリカで天才扱い?

前述のように、勉強が嫌いで日本では落ちこぼれだった自分は、なんとかズルをして小学2年生で九九を半分覚えてアメリカの小学3年生に編入しました。驚いたことに、アメリカ人は九九ができないのです。日本の九九のニニンガシようにゴロの良い歌のように憶える方法はなく、トゥータイムズトゥイコールズフォー、と素直に式を読む方法しかありません。当然、3年になっても4年になっても憶えられません。九九の表や九九がすべて書かれた鉛筆を使っていました。
日本では落ちこぼれとはいえ、まかりなりにも九九は半分でもすべての一桁同士の掛け算は暗算で答えを出す術は身につけていたので、いきなり算数の天才のような扱いを受けることになります。ことある毎にクラスメートたちは〇×〇は何だ、と聞いてきます。瞬時に答えを出すと驚かれるのです。「君は歩くコンピュータだ」なんて言われました。 これには本人が一番びっくりしました。
5年生の時、ある日先生に呼び出され、君は算数ができるから算数の時間は6年生のクラスに行きなさいと言われ、いわゆる飛び級をさせられることになったのです。勉強嫌いで落ちこぼれだった自分がアメリカでは算数の授業だけ上のクラスに入れられたのです。そうなると何だか気分が良いもので、勉強が徐々に好きになって行きます。思いもよらず、算数が趣味のようになり、自分で勉強するようになってしまいました。落ちこぼれからの脱却です。アメリカに来なかったらずっと落ちこぼれのままだったかもしれません。

余談ですが、その後日本に帰って来てからも中学、高校と数学に目覚め、大学は数学科と建築学科に合格しました。自分は数学科に行きたかったのですが、親に食えないぞと言われて泣く泣く数学の道は断念しました。

アメリカの教育文化

このように、アメリカ社会は、何か少しでも他人より秀でたものを見つけると、その才能をとことん伸ばせるよう、どんどん場を与えてくれます。日本だと、落ちこぼれは体罰を与えてまでも強制的に勉強させられ、一方、出る杭は打たれて、全員が凡庸な平均になるように教育されます。その真逆なような文化に接して、子供ながらに恐怖を感じました。

小学校高学年ともなると、堕落組と向上組はますます両極端に進み、小学校高学年でもう将来を示唆するような差が生じています。個性と自由と権利を主張し、それが守られる結果なのですが、実に恐ろしいことです。

小学生の教育としてどちらが良いのか、正直わかりません。
極端な言い方をすると、日本の教育は全員が50点を目指す方式です。アメリカの教育は0点と100点の子を作る方式です。どちらも平均は50点ですが、内容は大きく異なります。それが社会に出てからも踏襲されるので、日本は全国民中流家庭ですが、アメリカはスラム街に住む人からビバリーヒルズに住む人のように圧倒的な貧富の差を生じるのです。

アメリカに住み、アメリカの小学校に通って、アメリカの社会が抱える闇と、逆に科学技術の頂点を牽引するほどの人材を育成できる土壌があることを実感しました。素晴らしくもあり、恐ろしくもある文化です。

自分は小学校しか経験していませんが、中学、高校、大学と、その基質はより強くなることでしょう。さらに社会に出てからはより激しくなり、犯罪者か億万長者の両極端に分類される傾向があります。その分岐点が実は小学校にあったのです。

アメリカの社会

よくアメリカの自由にあこがれて渡米したいとか、ニューヨークに住みたい、など、表面上のアメリカの自由にあこがれを持っている人を見かけますが、よほどの決意がない限り、おすすめはしません。日本から見ると、アメリカは自由で素晴らしい国に見えるかもしれません。アメリカの本当の自由の恐怖を知らない人は単に自由にあこがれて、アメリカに住みたいと思うのでしょう。旅行に行ってもきれいで良い面しか見ないので、ますますあこがれるようになるかもしれません。しかし、その裏に自由の恐怖が潜んでいることを忘れてはなりません。

アメリカンドリームを語れるのは、実現した何十万分の一の人です。夢を持ってアメリカに行った人のほとんどは挫折したり人生を棒に振ったりしています。そういう挫折した99.999%の人の話は伝わらず、0.001%以下の成功者の話が大きく語られるため、アメリカに行けばアメリカンドリームを実現できると錯覚してしまうのでしょう。

半年や一年では分からないかもしれませんが、高校や大学で留学してみるのは良いことかもしれません。実際に住んでみると、アメリカの良いところ、悪いところが見えてくると思います。それでさらにアメリカが好きになるようでしたら将来アメリカで働くことを目指して頑張れば良いし、やっぱり日本が良いな、と思ったら日本で頑張れば良いと思います。

個人的には、日本、アメリカ、オーストリアと住んで、日本が最高だと思っています。あくまで主観ですけど。

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