約40年前、大学でお世話になった研究室のH.W. 先生から結婚式のお祝いとしてこの不思議なガラスのオブジェをいただきました。建築の意匠系研究室で、当時は最先端であったコンピュータを建築分野でいかに使っていくかを研究していました。今では建築分野もコンピュータが当たり前に使われていますが、当時はWindowsやMacは影も形もない時代で、ようやくNECや富士通、SHARPなどがBasic言語をベースとした国産のコンピュータを作り始めた時代です。
H.W. 先生は物静かなふるまいとは裏腹に、最先端の新しい技術をどんどん取り入れる積極性と、天性の美的センスの持ち主でした。授業で黒板に描く図にしても、ゼミでちょっと紙に描くイラストにしても抜群に上手く、常にセンスの良さがにじみ出ていました。
自分が現在まかりなりにもデザインとコンピュータ関係の仕事で生活できているのは卒業までの数年間、H.W. 先生の研究室に入り浸って様々なことを吸収させていただいたおかげだと断言できます。当時自由にコンピュータがいじれるところなんて、この研究室しかなかったのです。
そこで日々コンピュータでパースを描くアルゴリズムを開発したり、建築の動線計画のシミュレーションを行うプログラムを作ったりしながら、どんどんコンピュータにはまって行きます。しまいには建築よりも情報処理の方が面白く思うようになり、実際社会に出てからも建築の仕事は数年でやめてしまい、人工知能の研究所を経て現在はウェブデザイナーや、とある大学で3学科の週6コマの情報学の授業を受け持っています。そんな自分の原点はまぎれもなくH.W. 研究室で過ごした数年間で得られた先生の教えです。
そんな尊敬する先生なので、ご迷惑だったと思いますが、卒業して数年後に結婚したときに結婚式に招待させていただきました。
そのときに自宅に届いたのが冒頭のガラスのオブジェです。
何だろう
物々しい箱が届きました。割れ物注意です。
恐る恐る開けると中には繊細な作りの美しいガラスのオブジェが入っていました。
どこをどう持ったら良いのかもわからない、極めてデリケートな作りのオブジェです。さすが美的センスの塊のような先生からの贈り物で、私のようなガサツな人間にはモッタイナイ代物です。
しかも用途が良く分かりません。花瓶でもないし、コップでもなさそうです。見ているだけで想像力がかきたてられます。
まるで先生から出された課題のようです。「次の容器の用途を考えよ」みたいな。
移動
触るのも怖いくらい繊細なデザインだったので、実家の飾り棚にずっと飾ってあって、実家に帰る度に眺めていたのですが、ある日勇気をもって自宅に持って帰りました。
大量のプチプチで巻いて、ちょうど入る細長い段ボール箱につめて車で運んできました。何とか無事に到着しました。
メーカー
自分はこんなオシャレなガラス器のメーカーなどは知りませんでしたが、台座の部分にシールが貼ってあります。
Christinenhutte Germany
と書かれています。いただいた当時はコンピュータもインターネットもまだ普及していない時代でしたので、調べようもありませんでした。
ネットが普及してから調べるとドイツの有名なガラス工芸品メーカーだったのですね。大変マニアックなガラス工芸品を製作するメーカーのようですが、類似の形状のものは検索しても出てきません。素敵なコップや花瓶はたくさん出て来るのですが、このように高足で上部にくびれたUFOのようなものが乗った形状の製品は見つけられませんでした。超レアな一点ものでしょうか。
謎は深まる一方です。
形状(詳細)
大き目の丸いプレート中央から極限的に細いステムが伸び、上部のボウル部分を支えています。全高は290mmありますが、その内ステムは220mmほどあり、細い部分は直径7mmほどしかありません。極めて繊細に見えます。
ボウル部は中央がくびれた亜鈴状の形状で、くびれから上はラッパ型に開いてリムを形成しています。リムの直径は70mmです。
何とも不思議な形状です。中は中空になっています。
くびれの下の円板状に膨らんだ部分は直径120mmほどです。
推測
飲み物グラス?
中に水を入れてみましたが、真っ逆さまにしないと中の水は全部出ないので、飲み物などを入れる容器ではないでしょう。90°に傾けても半分くらいしか出せません。
ワインなどを入れて飲もうとすると、真上に向けないと出て来ないので、顔にかぶるでしょう(やってませんが)。
花瓶?
ボウルの底からリムまでは50mmしかないので、花瓶として使うには浅すぎると思います。上記のように完全に逆さにしないと中に入れたものは出てこないので、水を替えるのも大変です。花瓶としてはあまり適していない形状でしょう。
インク壺?
綺麗な色のインクでも入れてガラスペンで手紙を書いたりすると大変サマになりそうですが、蓋がついていないので、インク壺ではないでしょう。しかもインク壺として使うには高さが高すぎます。
ランプ?
江戸時代の灯明のように、油でも入れてそこから芯を出して明かりを灯す照明器具でしょうか。しかし、芯がリムの1ヵ所に触れることになり、局部的に熱せられるのでガラスでは割れそうです。おそらく違うでしょう。
ワイン用デカンタ?
最初見た時は、かなりデフォルメされていますが、ワイン用のデカンタを連想しました。年代物のワインを移し替えて澱を沈殿させて上澄みと分離させる道具に似ています。しかし、それには澱が溜まる部分が大きすぎるような気がします。100年物のワインを注いで、上澄みだけを飲むためのものでしょうか。
芳香器?
現在はアロマディフーザーと呼ぶのでしょうか。アロマオイルや香水などを入れて拡散させるための器かもしれません。用途としては一番オシャレかもしれません。
謎
身近に置いて鑑賞すると、謎だらけて想像力がかきたてられます。ただ単に「人々の創造力をかきたてるための置物」というオチなのかもしれませんが、そうだとしたら実に見事にはまっています。考えるための形状なのかもしれません。
お会いしたときに「あれは何だったのでしょう」とお聞きしてみたいと思うのですが、いまさらそんなことをお聞きするのもはばかられるので、いつも躊躇してしまいます。今度勇気をもって聞いてみます。
追記:2023年11月28日
記事を読んでいただいたK. O. 様から素晴らしいコメントをいただきました。
題名:Photo Monograph “クリスティーネンフュッテのガラス器”
いつも楽しく拝見しております。
さて、首記の件、気になりましたので掲載されている写真をGoogle Lensで検索してみました。
似た様な形態のものがオイルランプあるいはキャンドルスタンドで出てきました。ただ、開口部の大きさから、やはりご指摘のとおりオイルランプとしては無理があるようで、そうなるとキャンドルスタンドの可能性が高そうです。(フィットする蝋燭を選びそうではありますが…)
↓のリンクのものが最も形が似ていますが、こちらもキャンドルスタンドのようです。
リンク先を見てみると、くびれや上部のラッパ型に開いたリムの比率などは多少異なりますが、ほぼ相似形でまさにドンピシャです。Google Lensでこんなこともできるのですね。大変勉強になりました。K. O. 様、ありがとうございました。
くびれ部分の内径が20mm強なので、直径20mmのロウソクは立ちそうです。溶けたロウがボウル部に溜まって掃除が大変そうだと申し上げたところ、冷凍庫で凍らせるとロウが収縮するので簡単に除去できるとか、逆に60度のお湯に洗剤を入れたものに漬けて冷ますと除去しやすいといったアドバイスをいただきました。
ということで、謎のオブジェは燭台の可能性が高そうです。
密かにボウル部に水を張って使うのではないかと想像しています。ロウは水よりも軽いので、ボウル部に水を入れると浮力が発生します。燃えてだんだん短くなったロウソクの自重と浮力が均衡する点以降ロウソクは水に浮くでしょう。炎の位置がそれより下がらないようにして、炎がガラスをあぶって割れないような仕組みなのかもしれません。
いつかH.W. 先生にお聞きしてみます。