ゲーテの教え

もはや愛しもせねば、迷いもせぬものは、埋葬してもらうがいい。

ゲーテ格言集(高橋健二:新潮文庫)で感銘を受けた言葉です。いかにもゲーテらしい、恋多き、人間味あふれる言葉です。異性に興味がなくなり、思い悩むこともなくなったら、もう生きている意味がない、と言うことなのでしょう。そこまで言い切れる人はそうそういません。

格言集との出会い

そもそも文学とは無縁に育った自分は、恥ずかしながらゲーテのことは名前くらいしか知りませんでした。理工系の本以外を読むのは時間の無駄とさえ思っていた根暗で偏屈なヲタク野郎です。バイブルは理科年表でした。
そんな私でもいつしか伴侶ができました。相手はなぜかバリバリの文系です。性格も180度違います。別の生き物を見るようでお互いに惹かれ合ったのでしょうか。何はともあれ、彼女からはシェークスピアの話や日本史の話を聞き、私は相対性理論や量子論の話をして刺激し合っていました。

ある日トイレに入るとゲーテの格言集が置いてあるのを発見しました。家内が読んでいて忘れていったものでしょう。何気なく手に取り、読みはじめたら、自分でも驚くほどはまってしまいました(ゲーテさん、こんな場所の出会いで申し訳ございません)。理系バカが文学に目覚めた瞬間です。以来、家内にはその本はトイレに置いておくように頼み、40年ほど経ちます。さすがにもう紙は茶色く変色し、ボロボロになっていますが、今でもそのまま置いてあり、ことあるごとに読み返しています。

ゲーテ

ゲーテは300年近く前の人ですが、格言集には現代人と同じように物事を楽しんだり悩んだり、恋愛で苦悩する様が表現されています。こういうものを読むと、かのゲーテ大師匠もひとりの人間だったことが分かり、安心します。ゲーテは誰よりも人間的な人間です。勉強に、仕事に、恋愛に、もがき苦しみ、それらをユーモアがある的確な表現で後世の我々に残してくれています。「悩まなくてもいいよ、それが人間と言うものなんだから」と諭されているようです。何百年経っても人間の本質は変わらないのです。

ゲーテの代表作

トイレで出会った格言集からゲーテという人物に大変興味が湧き、「若きウェルテルの悩み」を読むことになります。最初は30代、2回目は50代です。小説は読むと頭の中に情景が造り上げられますが、20年を経て読み返すと、想い描かれる情景が全く異なって楽しめます。世の中の名作と呼ばれる小説はそう言う楽しみ方があるのでしょうが、若い頃は前述のように文学には全く興味が無く、10代、20代はほぼ何も読まなかったことが今になって悔やまれます。

「若きウェルテルの悩み」の主人公ウェルテルが恋する相手シャルロッテはそもそも知り合いの婚約者です。そこからすでに間違った、してはいけない恋なのです。彼女を愛するあまり悩みに悩んで究極の選択をしてしまう青年を描いた物語です。

ゲーテの恋愛遍歴

「若きウェルテルの悩み」はゲーテの実体験を元に書かれており、シャルロッテは名前もそのままの実在の人物です。結末が違うだけで、ウェルテルはゲーテそのものです。自らの大失恋を題材に世紀の名作を生み出してしまうところがゲーテです。普通なら相当へこみますが、ゲーテはあくまでもポジティブです。その後もすぐに恋をして、失恋をして、を繰り返します。しかも、現代だったら確実にテレビや週刊誌のゴシップネタになるような、人として問題がありそうな恋愛と失恋を繰り返します。しかし、ゲーテがすごいのは、決してへこたれないところです。どんなに大失恋をしても、すぐに次のイケナイ恋に走ります。そして、その都度ラブレターや日記から素晴らしい文学が生まれます。
そんなゲーテから出た冒頭の格言ですから説得力があるのです。

格言集の中には「シュタイン夫人へ」という注釈がある格言がたくさんあります。シュタイン夫人へのラブレターの一節ですが、そもそも「夫人」ですからこの時点でもうヤバイ関係なのです。でもゲーテはそんなことは気にしません。自分より何十歳も下の若い少女であろうと、年上のお姉さんだろうと、人妻だろうと、どんどん好きになってしまいます。自由過ぎます。倫理観などまったくないかのように恋をして、うまくいったり挫折したりを繰り返します。さながら病気のようです。でもいいのです。ゲーテですから。なにせ、74歳の誕生日の直前に、本気で19歳の少女にプロポーズしています。もちろん、賢明な少女は丁重にお断りしたそうです。ふられたゲーテは帰りの馬車の中で大泣きしたというエピソードも残っています。19歳の少女にふられて大泣きする74歳の爺さんの図はなかなか想像できませんが、何事にも真剣だった証しです。こう言う話を聞くと、われわれ普通のジジイも何だか勇気をもらえる気になります。

活動のすべてのエネルギーを彼は恋愛から得ていたのでしょう。ですから、恋愛なきことは、彼にとっては死を意味したのです。死の数時間前にも、うわ言で「美しい女・・・・・・黒いまき毛・・・・・・素晴らしい色・・・・・・見たまえ」と言ったそうです(「希望名人ゲーテと絶望名人カフカの対話」頭木弘樹編訳)。どんな夢を見ていたのでしょう。本当に死ぬまで恋をしていたようです。

ゲーテを読もう

ゲーテの成功と挫折は、恋愛だけではありません。学業の失敗、仕事の失敗、逃避行、生死をさまよう大病など、数々の苦難を乗り越えて生きて行きます。そしてその都度名言を生み出しています。

もちろん誰もがこのような人生をおくれる訳もなく、また、望んでいる訳でもありません。むしろ逆に歳とともに面倒なことは避け、平穏無事な日々を求めることでしょう。凡人からするとただ単に「凄いなゲーテ」と思え、エネルギーをもらえるのです。

私の場合はずいぶん歳を取ってからゲーテに触れ、もっと若い頃に出会いたかったと思いました。できれば多感な中学生、高校生あたりからゲーテを読むことをおすすめします。思いつめたり悩みすぎることもなくなり、ポジティブに生きていけるようになります。私も、もっと早く出会っていればこんなに偏屈なヲタクにならなかったかもしれません。でも欠点が人間性を作り出す、ともゲーテは言っているので、よしとしましょう。

とにかくゲーテの格言集を読むと、色々と考えさせてくれます。300年前から、あの大御所ゲーテでさえこんなことに悩んでいたのか、とか、こんなことを考えていたのか、と知るだけで人生において大いにプラスに作用することでしょう。おすすめです。

おすすめの本

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ゲーテ格言集 高橋 健二さんのゲーテ格言集です。
1952年から愛読されている名著です。
まずはここからはじめられることをおすすめします。
若きウェルテルの悩み (岩波文庫) 若きウェルテルの悩み (新潮文庫) ゲーテの代表作「若きウェルテルの悩み」です。
異なる訳本を読んでみるのも面白いかもしれません。
希望名人ゲーテと絶望名人カフカの対話(Kindle) 希望名人ゲーテと絶望名人カフカの対話(単行本) 頭木弘樹さんの「希望名人ゲーテと絶望名人カフカの対話」
最近出会った稀に見る名著です。入手可能であれば、Kindle版ではなく、単行本がおすすめです。白地に黒文字、黒地に白文字のページを使い分け、印刷にもこだわりを持っています。
何事にもポジティブなゲーテと、何事にもネガティブなカフカの対比が実にみごとです。カフカの言葉にも感銘を受けます。
これを読んでカフカにも興味がわき、「変身」も読みました。
自分はカフカ寄りであることに気づきました。
著者
Yama

大学卒業後しばらくは建築設計に従事。その後人工知能の研究所で知的CADシステムやエキスパートシステムを開発。15年ほどプログラマをしていましたが、管理職になるのが嫌で退職。現在は某大学の非常勤講師(情報学)、動物医療系および野鳥写真家、ウェブプログラマ、出版業などをしながら細々と暮らしています。

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