昔から字が下手くそです。仕事柄、原稿を書くことは多く、翻訳や校正も仕事なので、字が下手くそだと致命的です。50を過ぎても小学生よりも漢字が書けませんし、自分でも読めないような筆跡です。建築屋だったので、気合を入れれば図面に書く四角い字は書けますが、事務的で決して美しくはなく、未だに劣等感を感じています。
それなのに文房具屋になりたいと思うほど筆記具マニアです。
多くの筆記具には持ちやすさ、書きやすさ、使いやすさを追求した機能美が見えます。さらに形だけではなく、素材の質感、重量、バランス、色、など、それぞれの要素が高次元で融合しているのです。
良い筆記具には、デザイナが全身全霊をかけて設計したメッセージが詰まっています。高くて買えないものも多いのですが、ショーウィンドウの中で怪しく輝く筆記具を見ているだけで惚れ惚れすると同時に、設計者のメッセージを読み取ろうとしています。
たまに良い筆記具を使うと、字がうまくなったような錯覚を覚えます。おそらく、良く出来た筆記具は、雑に扱ってはいけないというデザイナの気持ちがひしひしと伝わり、自ずとゆっくり丁寧に書こうという気持ちになるからではないでしょうか。それでも下手なものは下手ですが、いっときでも錯覚させていただくのは結構なことです。
出会い
銀座の伊東屋で一目ぼれしてしまいました。これほど自分の好みに合った万年筆には出会ったことがありませんでした。
イタリア最古の万年筆メーカー、Montegrappaの万年筆。デザインの美しさに一目惚れしましたが、マニアックなメーカーであるため、在庫を置いていないことが多いのです。何とか探して手に入れました。モンテグラッパ ネロウーノリネア ブラック。 ブラック以外、何を言っているのかさっぱりわかりません。
シンプルなデザインです。あまりゴテゴテと装飾が施されたデザインは好みではありませんが、このペンは装飾ではなく、線や形で勝負しています。胴軸は8角形ですが、首軸は円形で任意の角度で握れます。各部の仕上げは極めて良好です。
ペン先にはよくある唐草模様のような装飾もなく、極めてシンプルです。しかも材質はホワイトゴールドで、金ぴかではないところも良いと思いました。比較的柔らかく、書きやすいペン先です。
インクは定番、ペリカンのブルーブラックを入れています。
おわりに
今の時代、万年筆を使う人は少なくなっています。学生はシャープペンシル、社会に出たらボールペンが主流でしょう。さらに言うと、現代人のほとんどがフリクションボールを使っていると言っても過言ではありません。確かに、気軽に使えて、しかも消せるボールペンは画期的だと思います。
今では、入学祝や就職祝いに万年筆をもらっても、一度も使わずにしまっている人が大多数でしょう。それは悲しいことだと思います。
昔は、「書く」という行為のためには、墨をすったり、インクを入れたりする儀式が必要でした。その儀式の時間が、考えをまとめたり、起承転結を考えたりするために費やされて、決して無駄な時間ではなかったはずです。気合を入れて何か書こう、と思った時は、今でも万年筆を使います。いざ使おうと思うと、インクが乾いてしまっていたりして、洗浄するところからはじめなければならないこともありますが、それが良いのだと思います。
皆様も、たまには机の引き出しの奥に眠っている万年筆を使ってみませんか。フリクションボールはしばらく置いておいて。きっと何かが変わることでしょう。