落下重体水没死亡

小学生の頃から、自称芸術家の叔父に写真撮影の手ほどきを受けていました。カメラを借りて撮影して、フィルム現像から焼き付けまでさせてもらっていました。今思うとよくそんな年端も行かない小学生に大切なカメラを貸してくれたなと思いますが、その頃に習った写真の知識が今でも大いに役立っています。当時は電子制御も何もありませんので、すべてマニュアルです。フィルムの感度に合わせて、絞りとシャッター速度を考えて決めます。露出計とにらめっこをしながら、「この状況だったらF8で1/60sでいいんじゃない」、「いや、F5.6にして1/125sにした方が背景がきれいになるよ」などといったシミュレーションをいつも 叔父 としていました。当時フィルムは高かったので、今みたいに何も考えずに連射しまくるという撮り方は考えられず、考えに考えて絞りとシャッター速度を決定し、構図を慎重に調整して渾身の1枚を撮る、という撮影方法でした。

しかも叔父が使っていたのは6×6の二眼レフMamiya C220 Professional と、バックを変えると6×6、6×7、6×9、ポラロイドカメラにも変身できるMamiya Universal Pressというプロ用のマニアックなカメラです。そんなものを使わせてくれていたということは、「こいつは鍛えれば将来写真家になるだろう」という見込みがあったのでしょうか。お蔭で思惑通り写真の仕事をするようになり、現在に至っています。当時使わせてもらっていた上記のブローニー判カメラは叔父の形見として今もわが家に飾ってあります。

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標語

撮影を習う上で、最初に叩き込まれたのがタイトルの標語です。呪文のように「らっかじゅうたいすいぼつしぼう」と繰り返し教え込まれました。世間で一般的に言われていることなのか、叔父が作った言葉なのか分かりませんが、Googleの検索では出て来ないようなので、少なくとも普及している標語ではないようです。叔父も写真の仕事をしていたので、長年の経験から自分に言い聞かせるため、もしくは人にカメラの落下事故の注意喚起を促すためにそんな標語を作ったのかもしれません。
カメラは落とすと重体で、水没させるともうお釈迦になるという教えです。重体はまだ修理で治る可能性がありますが、死亡はもう修理不能で、新しく買い直す方が安いくらいダメージが大きいという意味です。

プロカメラマンは傍から見るとカメラを乱暴に扱っているようにも見えますが、実はハードに使っているというだけで細心の注意でカメラを扱っています。仕事に影響することですから、移動中であろうと、撮影中であろうと、プロとしてカメラを落とすとか水没させるなどということは致命的で、何があっても絶対にあってはならないことです。ドブに落ちたけどカメラは守ったとか、車にはねられたけどカメラは守ったなどという武勇伝を良く聞きます。

プロカメラマンの機材を見ると、多くは傷だらけですが、それは酷使したために摩擦による塗装の剥がれや細かい擦れ傷です。落下や大きな衝撃で受けたであろう大きな凹みや変形はないはずです。プロだったら落下事故だけは起きないように常に気をつけているはずですから。

小学生の頃に最初に「落下重体水没死亡」の標語を習ったおかげで、それ以降数十年間、何台ものカメラを扱ってきましたが、ただの一度もカメラを落下させたり水没させる事故は起こしたことがありません。最初の教えのお蔭です。
落下重体水没死亡を避けるために、プロたちはみな自分なりのルールを作って徹底しています。

ストラップ

まずはストラップです。

素人みたいでカッコ悪いと思うようで、ストラップを付けない人が結構いますが、ちゃんとしたプロは必ずストラップを付けています。絵に描いたような旅行客風で嫌だといわれるスタイルですが、首にかけるのが最も安全です。もしくはたすき掛けです。報道カメラマンなんかはもみくちゃになったり、走り回ったりするので、ストラップは必需品です。取れないように右腕にストラップをぐるぐる巻きにしている人もいます。
アマチュアの人の方が見た目を気にするようです。多くのプロカメラマンは見た目なんか気にしないでしょう。そんなことより安全に確実に撮影できることを優先します。複数のカメラを持つ場合は、左右にたすき掛けにする人もいます。ストラップをしっかりかけてさえいれば、誤ってカメラから手が離れても、カメラが床に激突する可能性はなくなります。
片側の肩にだけかけて持ち歩いている人もいますが、肩から外れるとそのまま下まで落下するので、極めて危険な持ち方です。
個人的にはストラップは必ず首にかけます。順序的には、ストラップを首にかけてからカメラを持ちます。置くときは、カメラを置いてから最後にストラップを首からはずします。どんなに急いているときでもそれだけは徹底しています。

新しくカメラを買った時も、箱からボディ単体の状態で取り出して、まず最初にストラップを取り付けます。ストラップを取り付けるまでは何もさわらないようにします。
ストラップの取付方法は、もちろん、ニコン巻きです。

基本的にはボディ付属のストラップを使いますが、汚れたり劣化した場合は取り換えます。重い一眼レフには、ニコンのプロ用の幅広ストラップなどがおすすめです。

置き場所

使っていない時の落下事故も多いようです。ちょっと休憩した時のテーブルの上や椅子からの落下です。公園のベンチなどで、下が土であればぎりぎりセーフかもしれませんが、テーブルの高さだと、床の材質が何であれ、重体になる可能性が高くなります。ちょっとした不注意でひっかけてしまったり、肘が当たったりするだけでカメラもレンズもお釈迦になりますので、気を付けなければいけません。
特にストラップがテーブルから垂れていたりすると、何かにひっかかって落下することがあります。どうしてもテーブルや椅子に置く場合はストラップもすべて乗せるべきです。

一番安全なのは、床に置くことです。要は落下して重体になるような高さにカメラを置かなければ良いのです。わが家のカメラ保管場所も常に床です。テーブルやタンスの上は落下の危険があるので、バッグに入れて床置きです。
出先で飯を食う時なども、基本は何かに入れて床置きです。テーブルには置きません。テーブルから落下すると重体ですが、床に置いてあるカメラを蹴られても、多くは軽傷で済みます。

人に渡す時

基本的に自分のカメラを他人に持たせるのには抵抗があるのですが、重さを確かめたいのか、ファインダーでどのように見えるのか見たいようで、「見せて」とか「覗かせて」と言われることがあります。むげに断るのも何なのでそういう場合もまずストラップを相手の首にかけてからカメラを渡します。受け取る時はまずカメラを受け取ってからストラップを外してもらいます。事故はそういう時に起こりますので慎重に対応しましょう。
もちろん、見ず知らずの人だったら断わります。

ボディの傷

さて、上記のようにプロカメラマンは絶対にカメラを落とさないような工夫をしていますが、機材の傷は勲章と思っているようです。

叔父は写真家だったので、プロカメラマンの友達がよく集まっていました。ある日遊びに行っていたときに叔父の友人のカメラマンが一人訪ねてきました。何やら新しいボディを買った帰りに立ち寄ったようです。叔父の家は大正時代の民家で、玄関の引き戸にカギなどはかけたことはなく、いつでも誰でも勝手に入ってきます。その人も勝手に入って来て、新しいカメラを取り出してストラップを付け、「ちょっとヤスリ貸してくれ」と言って叔父にヤスリを借りて、何と新品のカメラの角という角を削りはじめたのです。ビックリしました。ブラックボディだったのですが、1970年前後のカメラですから、今のようにエンジニアリングプラスチックではなく、削ると真鍮の金属肌が出てきます。なんてもったいないことをするんだ、と思って見ていましたが、最後は砂ヤスリで全体的にガシャガシャこすってヤレ感を出して処理終了のようでした。何でそんなことをするんだ、と聞くと、「ピカピカの新品のカメラなんか使ってたら仲間内にバカにされちゃうよ」と豪快に笑って帰って行きました。

小学生の頃だったと思いますが、見てはいけないものを見てしまったような気がしました。宝物のように大切にしまって、時々磨いている人がいる一方、買って来たその日に傷だらけにして日々ガンガン使う人もいます。カメラにとってはどちらが幸せなのかなーなどと考えてしまう出来事でした。

著者
Yama

大学卒業後しばらくは建築設計に従事。その後人工知能の研究所で知的CADシステムやエキスパートシステムを開発。15年ほどプログラマをしていましたが、出世するのが嫌で退職。現在は大学非常勤講師(情報学)、動物医療系および野鳥写真家、ウェブプログラマ、出版業などをしながら細々と暮らしています。

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