ドン・マーキス:Don Marquis : warty bliggens the toad

ウィーンのアメリカンインターナショナルスクールに通っていたころ(1970年代)、国語の授業(アメリカンなので国語はもちろん英語)でDon Marquisという人の紹介があり、次の作品を暗記させられました。小学6年生か中学1年生の頃です。
作者も聞いたことありませんでしたし、作品を読んだこともありませんでした。奇妙な詩のような句です。

"warty bliggens the toad"

i met a toad
the other day by the name
of warty bliggens
he was sitting under
a toadstool
feeling contented
he explained that when the cosmos
was created
that toadstool was especially planned for his personal
shelter from sun and rain
thought out and prepared
for him

do not tell me
said warty bliggens
that there is not a purpose
in the universe
the thought is blasphemy

a little more
conversation revealed
that warty bliggens
considers himself to be
the centre of the said
universe
the earth exists
to grow toadstools for him
to sit under
the sun to give him light
by day and the moon
and wheeling constellations
to make beautiful
the night for the sake of
warty bliggens

to what act of yours
do you impute
this interest on the part
of the creator
of the universe
i asked him
why is it that you
are so greatly favoured

ask rather
said warty bliggens
what the universe has done to deserve me

if i were a
human being i would
not laugh
too complacently
at poor warty bliggens
for similar
absurdities
have only too often
lodged in the crinkles
of the human cerebrum

archy

-- Don Marquis From "archy and mehitabel", 1927.

日本人にはなじみがないと思いますが、アメリカ人には有名な句のようです。

暗記しろと言われましたが、九九も覚えられないほど暗記が苦手だったので、冒頭のスタンザしか覚えていません。他の優秀な生徒たちは全文暗記していました。でも不思議なもので、小さいころに覚えた冒頭10行くらいは50年以上経っても一語一句覚えています。今でもそらで言えます。
最近、ふとしたきっかけで思い出して、Googleさんに数行入れるとすぐに出てきました。
日本語のサイトは1つも出てこないので、日本では全く知られていないようです。

学校の授業で最初に習いましたが、この句の注目すべきポイントはすべて小文字で書かれているところです。文頭も名前も、一人称の「I」もすべて小文字です。英語の文法としては間違っていますが、これには深いわけがあります。

今風に言ったらゴキブリが書いたブログ

Don MarquisNew York Evening Sunという新聞社の記者兼コラムニストだったのですが、archy and mehitabel というコラムで一躍有名になります。

Don Marquis曰く、夕方、自分のデスクのタイプライターに紙を挟んで退社し、次の朝出社すると紙にこういった原稿がタイプされているというのです。
内容は、archyという名のゴキブリが冒険をして見聞きしたことを綴ったエッセイのようなものです。ゴキブリの目線でこの世界を風刺的に綴った大変ユニークな作品です。archyには、mehitabelという名のノラ猫の親友もいて、たびたび登場します。
今風に言うと、ゴキブリのarchyがこの世界で見聞きして感じたことを書いたブログとでも言いましょうか。それがバズッてフォロワーが何百万人にもなったようなものだと表現するとZ世代には伝わりやすいのかもしれません。

ちなみに、ゴキブリのarchyの前世は自由詩人であり、ノラ猫のmehitabelの前世はクレオパトラだったそうです。

なぜ小文字だけなのか:こだわりの設定

1900年代初頭のことなので、当時はコンピュータもワードプロセッサーもなく、文字を打つのはタイプライターしかありません。しかもキータッチが軽い電動タイプライターが生まれるのは1960年代ですから、Don Marquisの時代は機械式タイプライターです。

ゴキブリのarchyが、その日に体験した出来事を、夜中、誰もいない新聞社のオフィスのDon Marquisのデスクのタイプライターのキーの上で飛び跳ねて、一文字ずつ打ち込んで文を書いているということです。そう信じておきましょう。
当時の機械式タイプライターは大文字を打つ時にシフトを押すとハンマー部全体が下に移動するような構造なので、人でも大変力が必要な操作です。しかも小指でシフトを押したまま別の指で文字を打たないと大文字は打てないので、キーの上を飛び跳ねて打ち込むスタイルのゴキブリに、大文字を打つのは不可能です。そのため、archyが記述したと言われている文は全て小文字なのです。
同じ理由でアポストロフィもありません。

句読点もありませんが、これはシフトを押さなくても打てるので、句読点がない理由は定かではありません。当時の機械式タイプライターはカンマとピリオドはシフト押して出すような配列だったのでしょうか。もしくは、前世が自由詩人なので、句読点は打たない主義なのでしょうか。
さらに、改行・リターンはゴキブリの体でどうやっているのか、といった突っ込みはしないでおきましょう。

しかし、知らない間にゴキブリが書いていたという設定がとにかく秀逸です。この設定によって、Don Marquisの言論の自由度が増します。ちょっとまずいことを書いてしまってもDon Marquisに罪はありません。自分の発言ではなく、それはゴキブリのarchyが書いた原稿ですから。
きっとそんな思惑もあったのでしょう。水を得た魚のように、ゴキブリ目線で見たこの世の様々な出来事を風刺したarchy and mehitabelというコラムができあがり、大ヒットすることになります。

warty bliggens the toad

冒頭の句は1900年代初頭のある日に掲載されたコラムの一節です。出会ったガマガエルとの会話が面白く、老若男女に人気の句になったようです。

wartyは「イボイボの」という意味で、bliggensは名前です。「ガマガエルのイボイボブリゲンス」といったタイトルでしょうか。もしくは、warty bliggens(ワーティー・ブリゲンス:音としてはカタカナで書くとワーリーブリゲンスが近いかな)のゴロがよいので二つ名になっていて、「ガマガエルのワーリーブリゲンス」のようなイメージかもしれません。

ゴキブリのarchyがある日キノコの下で幸せそうに過ごしているwarty bliggensに出会い、しばらく話をすると彼の考え方が驚異的に自己中心的であることに驚き、思いをはせるといった内容です。

英語にはカエルを表す単語としてfrogとtoadがあります。アマガエルのような生活圏が水場に近い表面がヌメヌメしたカエルはfrog、陸棲が強く皮膚が乾燥したガマガエルの類をtoadと区別して表現します。

普段は日本語の方が繊細で表現が多彩だと思っていますが、ときおり、変なところで英語の名詞の使い分けに驚くことがあります。水場に近いカメはturtle、乾燥した陸にすむカメをtortoiseと区別して表現するのと同様です。

toadstoolなどという単語もこの句で知りました。サルノコシカケならぬ「ガマのコシカケ」といったような単語で、キノコのことです。多くはベニテングダケのような見た目は可愛くも毒性があるキノコを表すのに使われることばのようですが、この句に登場するtoadstoolは、warty bliggensがその下で満足そうに座っている、と表現されています。ガマガエルが下に入れるほどのサイズで直射日光や雨から守るシェルターにもなるとのことなので、腰かけ程度のものではなく、かなり大型のキノコのイメージなのでしょう。

今改めて全文を読んでみると、warty bliggensの考えが人にも当てはめられ、強烈な風刺になっていることがわかります。Don Marquisはガマガエルの体を借りて、人間社会にもいるであろう様々なゆがんだ思想などを表現しています。
どこの世界にもすべてが自分中心に回っていると信じている人はいるもので、皮肉っぽくwarty bliggensがそれを代表しています。

しかし、おもしろいことに、ここまで徹底して自己中心的だと、それはそれで超ポジティブな考え方としてうらやましく見えてきます。

自分は創造主である神からとことん愛され、幸せに生きるためにありとあらゆるものを提供されていると信じています。
warty bliggensによると、地球は彼がくつろげるキノコを生やすために存在しています。日中の太陽は彼に光を提供するために存在し、月や星座は彼に美しい夜を提供するために存在しているのだと。
嫌味ではなく、ここまで自己肯定ができるwarty bliggensはきっと幸せなのでしょう。
とかくストレスが多い現代社会において、超ポジティブなwarty bliggensのような考え方は理想的です。落ち込んだときなどに、この句を詠むと良いでしょう。
今も100年前も同じように人々は良いことも悪いことも経験しますが、ポジティブ思考に支えられながら皆がんばって生きてきているのです。
そんなことを改めて考えさせられました。

興味がある方はぜひ読んでみてください。

archy and mehitabel

Don Marquisのコラムは人気だったため、それらはまとめて書籍になっています。archy and mehitabelのタイトルで入手可能です。当時の時代背景がわからないと理解しずらい内容のものも多いのですが、アメリカ文化を知る上で役立つかもしれません。

文頭や一人称のIが大文字で書かれてしまった海賊版が出回っているのでご注意ください。
海賊版の制作者は本をスキャンしてOCRでデータ化したときに、おせっかいなソフトによって正しい英語表記にされてしまったことに気づかなかったのでしょう。また、archy and mehitabel の句がなぜわざわざすべて小文字で書いているといういきさつを知らないのでしょう。これでは台無しです。
ネット通販でも平気で海賊版が売られています。ご注意ください。

次の商品は大丈夫でしたが、取り寄せになるため、数週間かかります。ご興味ある方にはおすすめします。

Amazon Link
Amazon
The Best of Archy and Mehitabel
作品はもう100年も前です。今でも作品集が買えるところが素晴らしい。アマゾンで買えます。取り寄せに数週間かかりますが、海賊版ではなく、こちらの本物をおすすめします。かわいいイラスト付きです。
A poet in a former life, Archy has been reincarnated as a cockroach who types by diving headfirst onto a typewriter (and is famously unable to operate the shift key to produce capital letters); his side-kick Mehitabel is an alley cat who claims to have once been Cleopatra. Archy’s poems irresistibly evoke Jazz Age New York – as seen from the alley; funny, wise, tender and tough, they represent the very best of American humour. Including George Herriman’s whimsical illustrations and a classic introduction by novelist E.B. White, this Pocket Poet selection will make a beautiful volume, perfectly sized for its tiny hero.
こんなサイズ感です。小型です。
こちらの本は本物です。句はすべて小文字で書かれています。

著者
Yama

大学卒業後しばらくは建築設計に従事。その後人工知能の研究所で知的CADシステムやエキスパートシステムを開発。15年ほどプログラマをしていましたが、管理職になるのが嫌で退職。現在は某大学の非常勤講師(情報学)、動物医療系および野鳥写真家、ウェブプログラマ、出版業などをしながら細々と暮らしています。

Yamaをフォローする
出版芸術異国の文化教育ことば収集
タイトルとURLをコピーしました