世界初のズームマイクロレンズ:Nikon AI AF Zoom Micro Nikkor ED 70~180mm F4.5~F5.6D

カメラ:Nikon D500
レンズ:Nikon AI AF Zoom Micro Nikkor ED 70~180mm F4.5~F5.6D

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世界初のズームマイクロレンズ

二十年以上前、カメラ雑誌だったかネットだったか失念しましたが、各カメラメーカーのレンズ設計技術者を一堂に集めて対談をした記事がありました。そのなかで、「他社のレンズで、これだけは太刀打ちできないというレンズはありますか」と言う質問に対して、C社の技術者が唯一とり上げたのが AI AF Zoom Micro Nikkor ED 70~180mm F4.5~F5.6Dでした。今の世の中、分解して分析すれば技術的に同等のものを作れないということはないと思いますが、製造のコストであったり、特許の問題で作れないということなのでしょう。

このレンズはニッコール千夜一夜物語の第十八夜にも登場するニコンが誇るこだわりのレンズです。ウェブのレビューを見てもみな絶賛しているようで、自分の中でもあこがれのレンズとなっていました。
時は流れ、医療カメラマンとして写真が仕事になった時にはすでに販売が終了していて、入手できませんでした。中古市場でも良品はめったに出て来ません。術創を遠くから撮るためにはちょうど良い望遠マクロなので、ぜひとも手に入れたく、通勤途中の中古カメラ店を毎週覗いていました。

見つけた!

ある日、いつもの中古店を覗くと、このレンズが目に飛び込んで来ました。しかも4本も。すぐにその4本を見せていただき、入念にチェックして一番状態が良いものを購入しました。こういう日のために、いつも小型の懐中電灯をポケットに忍ばせていました。古いレンズは保存状態によってレンズが曇ったりかびたりしていることがあるため、前からも後ろからも光を当てて、入念にチェックする必要があります。どれも大変良い状態でしたが、一番使用感が少なそうな個体を1本選びました。
フィルターを購入するため、その足でカメラ量販店に行ったところ、なじみの店員さんがいました。いきさつを話してレンズを見せたところ、目を輝かせて自分も欲しいと言っていたので、あと3本残っていた情報を伝えておきました。

レビュー

すぐに実践投入しました。
確かに、すばらしい描写です。医療写真は無影灯のかぶりを除去したり、画面全体にピントが合っている方が良いので、かなり絞り込んで使います。多少回折によって解像度が犠牲になっても、深い被写界深度が必要です。マクロで花を撮ったりポートレートで背景をぼかすような使い方とは正反対なので、あまり参考にならないと思いますが、絞り込んだ画像は105mm単焦点マクロと同等です。マクロレンズらしく、シャープにくっきり写ります。コントラストも高く、噂通りの性能です。ハーフマクロと表現している人もいますが、ハーフマクロは1/2、このレンズの最大撮影倍率は、等倍にわずかに及ばない1/1.32です。ハーフマクロよりも遥かに拡大撮影ができます。術創を等倍撮影しなければならない需要はほぼないので、自分にとってはこれで十分なマクロ性能です。組織の等倍撮影が必要な場合は105mmマクロを使用します。

望遠端の180mmで使用すると作動距離が長く取れるので、術創から離れた位置から撮影できます。そのままの位置で引きの絵も撮れるところがズームマイクロの素晴らしいところです。Nikonの単体マクロは、60mm、105mm、200mmがありますが、その三本を概ね包含する焦点距離です。
動物病院は動物の毛が舞っていることも多く、できるだけ現場でレンズ交換はしたくないものです。そんな中で、動物の全体像を撮ったり、患部のアップを撮ったり、術創を撮ったりするときはこれ一本で対応できます。これは素晴らしいことです。

本レンズを入手以降、医療写真の仕事は概ねこのレンズで撮影しています。20年以上前のレンズですが、現在の私の仕事のメインレンズです。

欠点

普通のレンズとして見た場合、今となっては欠点だらけだと思います。

まず、AFがボディ内モーター駆動なので、使えるボディが限られています。D5やD500のようなプロ機では使えますが、ボディ側にAF駆動用モーターがない普及機ではAFは使えません。ミラーレスのZシリーズでもマウントアダプターFTZがボディ側AF駆動に対応していないのでAFは使えない状況です。将来、AF駆動用モーター内蔵のFTZができることを望みます。

ボディが対応していたとしても、現在の水準からするとAFは大変遅い動作です。もっとも、この手のレンズはスポーツや飛ぶ鳥を写すようなAF速度が重視される用途ではなく、じっくりマクロ撮影をするためのレンズなので、AFの遅さはそれほど問題にはならないかもしれません。実際医療現場の撮影では、ほぼ同じ位置から撮影するので、それほど違和感なく使えます。一度ピントを外してAFが迷い始めると往復にすごく時間がかかりますが、便利さが勝るので、目をつぶりましょう。

それと重さです。カタログ上は1kg程度なので、それ程でもないはずなのですが、全長167mmという比較的コンパクトな外観なのでより重く感じるのかもしれません。金属鏡筒に14群18枚のレンズがずっしり入っているような感じで、長時間撮影すると左手がかなりしびれてきます。腱鞘炎にならないように注意しましょう。

オートとマニュアルの切り替えも面倒です。マクロ撮影はマニュアルフォーカスも多用するため、最近のレンズのようにAF中でもマニュアルフォーカスができれば良いのですが、このレンズが登場した頃はAFとMFをリング式のスイッチで切り替えないと使えない仕様です。これは結構痛いところです。

20年以上前の1997年発売なので、VRもありません。仕事で使う時は手持ちですが、必ずストロボを使用するのでブレることはありません。フィールドで花を撮ったりする場合はブレに注意する必要があるでしょう。特に望遠端の最大撮影倍率付近で使用する場合は、初心に戻ってシャッター速度を上げ、脇を締めて慎重に撮影しないとブレ写真を量産することになります。

以上のように現代のレンズと比較すると欠点だらけですが、それらを補って余りある利便性を合わせ持っている、他に類をみないレンズです。このレンズが持つポテンシャルを鑑みると、こんな不満点は些細なことに感じてしまうから不思議です。

作例

花は専門外ですが、このレンズのユーザーは花の撮影が目的の人が多いと思われます。70-180mmの画角はマクロレンズとしての需要が最も高い焦点域なのでしょう。あまり移動しなくても全体像からアップまで撮影できます。ボケも自然で美しいと思いました。

標本

標本の撮影もよく仕事で受けますが、同じ標本の全体像からアップまで、1本のレンズでこなせます。単焦点だと何度もレンズ交換を強いられますが、このレンズだとちょっとアップにしたいとか、ちょっと引きで撮りたいという要望に応えてくれます。

物撮り

仕事でブツ撮りもよくやりますが、動かないものをカッチリ写すにはもってこいのレンズです。全体を撮ったり、一部のアップを撮ったりする時に、ズームができるマクロレンズは便利です。

マザーボード全体像:70mm
上写真の右寄りやや下の拡大:180mm
さらに拡大:180mm最短撮影距離
左上チップ拡大撮影:180mm

画角の変化:同じ距離から撮影した広角端と望遠端の画像です。動かずにこれだけ異なる画角のマクロ撮影ができるところが新鮮です。

CPU裏面:70mm

180mm最短撮影距離(1/1.32)撮影。F8。
被写界深度が浅いのでピント面は薄いのですが、前後のボケ方が大変美しいと思います。ピント面はシャープで、そこから前ボケも後ボケも素直に徐々に玉ボケに移行しているのが分かります。ズームなのに、極めて優秀です。

医療

あまり人様にお見せする写真ではありませんが、本職の獣医療画像です。
この手の写真が苦手な方は、この先は見ないようにお願いします。
でもこのレンズが一番活躍できる現場です。ちなみに、すべて犬の術中の写真です。

深い位置の撮影ですが、望遠マクロで作動距離が長いため、ストロボ光がよくまわります。
ストロボをブラケットでレンズ側近に配置するとけられずに照射できます。
内臓は実にカラフルで美しい色合いをしています。
微妙な色合いやグラデーションを忠実に記録するのも仕事です。
術者の邪魔にならないよう、術者の肩越しに撮影します。無影灯の黄かぶりを除去するため、
F22まで絞り、さらに減光目的とコントラストアップのためにPLフィルターをつけています。
アップだけではなく、周りの状況を写すために引きで写したいこともあります。
そんな時にズームは便利です。100mm、F22。
犬の声門。レンズ先端近で、レンズにくっつけてストロボを配置すると、
作動距離が長いのでかなり深い部分までストロボ光を当てることができます。

手放せない

このように、おそらく世界で唯一のズームマイクロというジャンルのレンズは、一部の人には手放せない大変便利なレンズです。所有者は皆、幾ばくかの不満を持ちつつもこのレンズを絶賛しながら使っていることでしょう。このレンズでしか撮れない状況がたくさんあるからです。Nikon社にもこのレンズの代用になるレンズはありませんし、他社もこのレンズに相当するレンズはありません。本当にこのレンズしかないのです。手放さないから中古市場にもあまり出てこないのでしょう。

もちろん新設計のZマウントズームマイクロが登場するのが理想的ですが、それまでは本レンズを大事に使うしかありません。

著者
Yama

大学卒業後しばらくは建築設計に従事。その後人工知能の研究所で知的CADシステムやエキスパートシステムを開発。15年ほどプログラマをしていましたが、管理職になるのが嫌で退職。現在は某大学の非常勤講師(情報学)、動物医療系および野鳥写真家、ウェブプログラマ、出版業などをしながら細々と暮らしています。

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