円周率π

IBM Österreich
IBM Österreich の刻印があるパンチカードは多分貴重?

小学6年生の時、学校でウィーン市内にある IBM Österreich (Austria) に見学に行きました。1972年くらいでしたので、コンピュータなどという物は気軽に見れるものではなく、近未来のマシーンというイメージでした。 IBM Österreich は半分博物館のようになっていて、コンピュータの歴史や進化の過程が学べるようになっていました。さらに、実際に稼働しているオフコンレベルのコンピュータ(科学特捜隊にあるような)や当時普及したばかりの大型ディスク装置なども見学させてくれました。ワクワクしたのを覚えています。将来、まさか自分が人工知能の研究や大学で情報学を教えるようになるなどと、夢にも思っていなかった時代です。

当時の入力装置はパンチカードが主流です。穿孔機室(穿孔機があまりにうるさいので、当時は隔離された防音室のような専用部屋がありました)があり、実際にカードを渡されて打たせてくれました。電動タイプライターのようなキーボードを操作すると、パンチカードに穿孔されます。その動きがすごく速く、感動した覚えがあります。そのカードは今でも大切に持っています。
AKIRA YAMANOUCHI WAS HERE と書かれています(当時は初めて行った場所の落書きは、〇〇 was here. と書くのが定番でした)。

その時、お土産にもらったのが、πが80桁書き込まれたパンチカードです。
PI=3.1415926535897932384626433832795028841971693993751058209749446 592307816406286
と書かれています。PI=3.が頭にあるので、小数点以下は75桁です。これは最高のプレゼントでした。毎日毎日眺め、暗記が大の苦手だったくせに、π80桁は覚えてしまいました。今でも暗唱できます。それほど衝撃的だったのです。

πが打ち込まれたパンチカード
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πの歴史

どんなに計算しても終わりがない無理数。πの計算で人生を棒に振った数学者がたくさんいたことも知りました。πは3.14に近い値だということは、約4000年前の古代バビロニアの時代から22/7を使っていたことから分かっていたと思われますし、約2300年前にはアルキメデスが96角形を用いてすでに導き出しています。

14世紀頃からπを近似する級数が発見され、有効な桁数が伸びて行きます。14世紀のインドでは小数点以下11桁まで正確なπが求められています。
18世紀にはテイラー展開が発明されると、πを無限級数の和として近似計算する手法が確立され、急速に少数以下の桁数が伸びます。さらにより効率よく計算できるアルゴリズムも次々と開発されます。19世紀には、手計算で小数点以下527桁まで正確な値が計算されています。
わが国でも、17世紀の江戸初期に和算で小数点以下21桁まで求められています。

この時代は手計算しか方法がないので、生涯をかけてπの計算をしていたようです。なんとも頭が下がる思いですが、それほどまでにπは人を惹きつける魔力を持っているということです。無理数の中ではダントツに人気がある数なのです。

20世紀になると様相が変わってきます。コンピュータの出現です。

ENIAC

1946年、真空管18000本、50万ドルの費用をかけて世界初のコンピュータ「エニアック(ENIAC)」が完成します。元は軍用で、砲弾の着弾点を計算するためのものでした。ある質量の砲弾をある方向と仰角で、ある初速度で打ち出した時、どこに着弾するかを正確に計算するのはかなり大変です。地球は自転しているので、例えば北半球で北に向かって撃てばコリオリの力によって東にズレます。また、空気抵抗は砲弾の速度の2乗で増えますが、高度が上がるほど空気抵抗は減ります。こういった様々な物理現象を考慮すると実際の弾道は単純な放物線軌道ではなく、物理の授業で習うような簡単な二次方程式ではありません。微分方程式の数値解析をする必要があります。
ENIACは誕生したときから、400 FLOPSという性能をたたき出しています。これは浮動小数点数の演算を1秒間に400回できるということです。どんなに暗算が得意な人でも、1秒間に400回も計算できないので、人間の計算能力を遥かに超えています。
着弾点の予測では、それまで人間が20時間以上かかっていた計算をENIACは30秒で答えを出しました。ENIACの性能は絶賛され、そこからコンピュータの歴史がはじまります。

ENIACによるπの計算

誕生した1946年にすでにENIACでπの計算をしています。その時は808桁まで求められています。1949年には72時間かけて2037桁まで計算し、自己記録を更新しています。

以降のコンピュータによるπの計算

トランジスタの発明により、コンピュータは指数関数的に高速、高信頼性、低消費電力な機械となり、長時間連続して動作させられるようになりました。また、πを効率よく求める様々なアルゴリズムも開発されました。面白いことに、コンピュータの進化とともに、毎年πの桁数も飛躍的に伸びています。人類がいかにπに魅せられているかの現れです。最速のスーパーコンピュータが登場するたびに、その性能を証明するかのように今までの記録を遥かにしのぐπの桁数の記録が発表されます。
1961年には10万桁を超え、1973年には100万桁を超えます。1983年には1000万桁を超え、1987年には1億桁、1989年には10億桁、1997年には100億桁、1999年には1000億桁、2002年には1兆桁を超えます。
2020年現在は小数点以下50兆桁の正確なπの値が計算されています。

意味ないじゃん

πの値が小数点以下50兆桁わかったところで、「意味ないじゃん」と思う人が大多数でしょう。実際、50兆桁のπの値を使って円の面積や球の体積を計算することはありません。言ってしまえば無駄なことです。文系の人には理解できないかもしれませんね。

πの魔力

円周率100万桁がただひたすら
載っている小冊子。π好き必携。

では、なぜ人々はここまで時間とお金を使ってπの計算をするのでしょう。強いて言えば数学者の「ロマン」です。登山家が山に登る理由を聞かれて「そこに山があるからだ」と答えたのと同様、数学者にπを計算する理由を聞いたら、「そこにπがあるからだ」と答えるでしょう。しかも、山は登頂して達成できますが、πは難攻不落で、一生かけても達成できません。無限のロマンがあるのです。いつまで経っても達成できません。おそらく、今後も100兆桁、1000兆桁、1京桁、と記録を伸ばして行くことでしょう。
πが嫌いな数学者はいないと思います。寝ても覚めてもπのことを考え、一生πの計算をした数学者もたくさんいます。そういう人たちにとっては「意味のないこと」ではなく、「πのことを考えるだけで意味がある」ことなのです。そこから新しい数学が発展したり、発見が生まれます。
数学者ではなくても、πが好きな人はたくさんいます。特に理系の人は一度はπに魅せられたことがあるはずです。それだけ魔力を持った数なのです。

こんな小冊子が売られています。πフリークとしては買わずにはいられません。
ただただひたすらにπの値が小数点以下100万桁載っているだけの本です。これをくだらないと思うか、素晴らしいと思うかは分かれるところでしょう。もちろん私は素晴らしいと思いました。最初に買ったものが見過ぎて汚れたので、新しく買い直したほどです。
暗黒通信社発行

計算桁数が飛躍的に伸びたのは、単にコンピュータの発展の影響だけではありません。より早く、より効率よく計算するためのアルゴリズムが次々と開発されています。世界最長のπの桁数を計算させるために、数学も大いに発展しました。1914年にインドの天才数学者ラマヌジャンが発見したラマヌジャンの公式がπの計算方法を飛躍的に発展させました。現在は ラマヌジャンの公式 を発展させた様々な公式ができ、中でもチュドノフスキー の公式がよく使われているようです。

このように、πを求める公式の発見と改良、コンピュータやネットワークの発展によって毎年記録が更新されています。スーパーコンピュータのみならず、最近は地球上のインターネットでつながっているPCを利用して低コストで計算する方法も使われています。

人類にロマンが残っている限り、記録更新は今後も続くことでしょう。逆にπの最長桁記録が更新されなくなったら夢も希望もなくなり、人類は滅亡の方向に進んでいることを示唆しているのかもしれません。

著者
Yama

大学卒業後しばらくは建築設計に従事。その後人工知能の研究所で知的CADシステムやエキスパートシステムを開発。15年ほどプログラマをしていましたが、管理職になるのが嫌で退職。現在は某大学の非常勤講師(情報学)、動物医療系および野鳥写真家、ウェブプログラマ、出版業などをしながら細々と暮らしています。

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コンピュータ数学
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