30年ほど前に販売された「ニコンおもしろレンズ工房」のレンズたちを活かせるのはEVFを持った現代のNikonのミラーレスだと信じ、Z9でニコンおもしろレンズ工房の中の1本、ぎょぎょっと20を試してみました。
ぎょぎょっと20
ニッコール千夜一夜物語の「第五十四夜 ニコンおもしろレンズ工房 Part2(ぎょぎょっと20/どどっと400)」でも紹介されているように、1995年当時に遊び心満載で作られた「 ニコンおもしろレンズ工房 」の中の1本です。1本5千円程度という企画の元、徹底的に無駄を省き、レンズ3枚で作られた魚眼レンズライクな20mm F8のレンズです。180度魚眼ではありませんが、ディストーションを強く残した画角153度の超広角レンズです。
詳しい情報や開発秘話はNikonのウェブサイトを参照していただくとして、最新ボディによる「ぎょぎょっと20」の使用感を述べさせていただきます。このセットの中で一番興味をもっているレンズです。
タダモノではないレンズ構成図です。本当に2群3枚のレンズで構成されています。こんな構成で写るのかと思うほどシンプル設計です。しかも、フィルム時代のレンズですから、もちろんフルサイズ対応です。
外観
なんと、鏡筒は金属です。昨今のエンジニアリングプラスチックの鏡筒とは異なり、持つとヒヤッとします。爺世代はそれだけで少しうれしくなります。
それなのに、マウントはプラスチックです。チグハグな感じを受けますが、おそらく、レンズのシンプルな金属鏡筒よりも、Fマウントの金属製マウントの方が遥かに高かったのでしょう。プラマウントは金型を作るのは大変でしょうが、他のレンズで汎用的に使えるプラマウントを流用していると思われます。
限定5千本の計画なので、鏡筒も金型を作ってエンプラで作るよりも単純な金属パイプの方がコストが安かったのだと思います。
1本5千円程度という制約を守るための究極の選択だったのでしょう。
レンズキャップを取ると、前玉が鏡筒ギリギリのところに収まっていて、大変気を使います。もちろんフードもフィルターのネジ切りもありません。フラットですが、鏡筒の縁の出はほぼゼロなので、撮影するとき以外はキャップをしていないと傷つけそうです。
レンズ表面はコーティングも施されているようです。光を当てると、青味がかった反射が見られます。こんな遊び用のレンズもきっちり研磨してコーティングまでしているところはさすがNikonらしい一面です。
リアキャップを取ってみてびっくりです。中央から細い円柱状の突起物が出ていて、その先端に直径5mmほどの小さなレンズが埋め込まれています。こんなんでフルサイズの四隅まで写るのか、と疑いたくなる後玉です。上記Nikonウェブサイトの構成図のイメージからもう少し大きな後玉を想像していましたが、第2レンズ、第3レンズとも直径5mm程度の大きさです。
反射を見るとこちらもきっちりコーティングされています。Nikonのことですから、おそらく内部も張り合わせ面以外、すべての面にコーティングしているのではないでしょうか。
Nikon Z9+ぎょぎょっと20
FTZをかませてZ9に装着しました。さすが60年以上頑なに守ってきたFマウントはまったく問題なくZマウントカメラに装着できます。本レンズは絞りもAFもレンズ情報もないので、FTZはフランジバックを調整するだけの単なるスペーサーです。
何の飾り気もないシンプルな鏡筒です。昨今のZレンズもシンプルなデザインなのであまり違和感がありません。むしろフラットで大口径に見えるぎょぎょっと20はタダモノではない雰囲気を醸し出していて、Z9には合っているかもしれません。
絞りもフォーカシング機構もないので、鏡筒にはローレットも何もありません。滑り止めの筋が数本申し訳程度に入っているだけの筒です。
こんなあまりに何も書いていない外観のレンズを付けていると、Nikonの新レンズのテストではないかと思われそうです。実際は30年近く前のレンズなのですけどね。
実写
予想通り、何の違和感もなく、普通に撮影できました。
この手のオールドレンズはやはりミラーレスとの相性は抜群です。絞り機構もフォーカス機構もないのが潔く、ボディ側はシャッターコントロールだけなので楽に扱えます。街なかで様々なシチュエーションで撮りましたが、絞り優先モードで、ISOオート、簡易露出補正をオンにして使うのが楽です。ISOオートで概ね露出は合いますが、少し暗くしたり明るくするためにメインコマンドダイアルを回すだけで簡単に露出は補正できます。
シャッター速度は自動で変わりますが、Z9にレンズ情報を登録してボディ内手ブレ補正を有効にすれば、シャッター速度1/2秒くらいまで手持ちで行けそうです。
夜間のテストもしましたが、暗い場合は限界までシャッター速度を自由に調整できるので、マニュアルで撮影しました。
フォーカスは1mから無限遠まで合うパンフォーカスなので、何も気にする必要はありません。とにかくどこに向けてもファインダーで露出さえ合わせれば誰でも簡単に撮れてしまいます。
以下すべて手持ち、FXフォーマット、ノートリミング、長辺1920ピクセルに縮小しただけの画像です。
総評
重箱の隅をつつけば問題点だらけですが、8千円ほどで手に入れた中古の「ニコンおもしろレンズ工房」セットの4機能を単純に割り算すると、1機能2千円ほどです。それを考慮すると、素晴らしくコストパフォーマンスが高いレンズです。街中のスナップにも積極的に使えるのではないでしょうか。絞りもなく、フォーカス機構さえ省いたレンズは、あらためてフィルム時代よりも感度を自由に変えられる現在のミラーレスで使うべき仕様だと思いました。
ディストーションが強く残る魚眼ライクなレンズは絵作りとしては難しいレンズだとは思いますが、誰でも簡単に迫力ある表現が可能です。超広角レンズとは一味違った写真が撮れるでしょう。
ただし、最短撮影距離が1mほどなので、今はやりの鼻デカ写真は撮れません。
レンズ性能として特筆すべきは、抜けの良さです。2群3枚構成のためか、発色も良く、大変クリアでコントラストが高い写真が撮れます。あえて太陽を画面に入れてみましたが、ゴーストの発生も抑えられていて、大変クリアな描写に驚きました。
また、色収差が少ないのも特徴です。白黒の壁面のタイルの写真を見ていただいても、よく補正されていることがわかります。たった3枚の球面レンズだけでここまで高度な補正をしています。
開発者のただならぬこだわりに驚嘆しました。
Z9には、オールドレンズを積極的に使ってくれと言わんばかりに、20本ものレンズ情報を登録できる機能があります。本レンズも20mm、F8として登録しました。これによって、ISOオート時の低速シャッター限界や手ブレ補正が最適化されます。30年近く前の暗く、手ブレ補正もないレンズを最新の技術で生まれ変わらせてくれます。F8で暗すぎると思うかもしれませんが、5段分のボディ内手ブレ補正が有効になるので、低速シャッターが使えます。それによって、決して高感度耐性が高くないZ9でも、F8のレンズで感度を抑えて撮影することができます。
153度という画角は一般的なレンズと比較するとかなり広く、ピント合わせも必要ないのでノーファインダーで撮ることも可能です。適当にカメラを向けてシャッターを切るだけで概ね写っています。
何も考えずにカメラを向けてシャッターを押すと写る、という感覚は、昔の「写ルンです」感覚を思い起こさせます。写ルンですも1mから無限遠の固定焦点でした。
難点は、4隅の画質が急に悪くなることです。しかし、中央は十分な画質であり、この手のレンズでは周辺が少し流れた方が雰囲気がでるという評価をする人もいるかもしれません。中央から四隅までカリカリにシャープなレンズよりも味があるという評価もできるでしょう。このあたりは意見がわかれるところだと思います。
また、最短撮影距離が約1mのパンフォーカスレンズであることもちょっと惜しいと思います。フォーカス機構を省いたので仕方ありませんが、魚眼ライクなレンズでしたら、もう少しぐっと寄れたらさらに面白い写真が撮れたことでしょう。
仕事には使えないかもしれませんが、肩肘を張らず、カメラや写真の原点に帰らせてくれる貴重なセットとして使うのがよろしいかと思います。教育的でもあり、十分に楽しませてくれるレンズです。
このレンズはフランジバックが長いFマウントでの設計です。フランジバックが長いと広角レンズの設計は難しくなると思いますが、それに追加してレンズ3枚、5千円程度というかなり無理難題をクリアしてこの性能です。
数十年の間にレンズの硝材も変わりましたし、非球面の研磨技術なども飛躍的に向上していますので、令和の時代にZマウント純正に設計し直した 「Zマウントおもしろレンズ工房」 が企画されると面白そうですね。現在はカメラ離れでメーカーも余裕がないかもしれませんが、こういう遊び心があるレンズに触れて、コロナと戦争で疲弊した状態から人間性を取り戻せた気がします。
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